2021年4月29日

リルケの詩に寄せて2

 私のみなもとである おんみ 幽暗よ

私はおんみを 炎よりも更に好む

炎は世界を限界づけ

或る一定の範囲を照らすが

しかしその範囲のそとでは 何ものも炎について織らぬ。

だが 暗さは万物を抱いている ──

さまざまのものの姿を 炎を 動物たちを そして私を。

暗さは人々をも いろいろな勢力(ちから)をも

獲物としてつかむ ──


一つの大きな力が

私の直ぐ近くで働いていることは、 在り得ることなのだ。

私は「夜」を信じる。

まだ一度も言われたことのないすべてのことを私は信じる。

私は自分のいちばん敬虔な感情を 自由に生かしたい。

まだ誰ひとり 敢えて憧れたことのないものが

私には いつか必然ことと成るだろう。


わが神よ、もしこれが僭越ならば お赦しください。

私はただあなたにこういいたいだけなのです ──

私の最善の力が、憤りも持たず いじけもしない

一つの本能のようであってほしい、と。

子供たちはそんな風にして、神よ、あなたを愛しています。


滞りなく流れ 両腕をひろげて大海へ(おおうみ)へ

大河が流れ込むときのように、

繰り返しながら成長しつつ

私はあなたへの真を告げたい、かつてこれまでに

誰もがしなかったようなふうに、あなたを告げ報せたい。

もしこれが思い上がりであるならば

この驕慢を

私の祈りに許容(ゆる)しておいてください、

私の祈りは こんなに真摯に そして孤独に立っています、

雲に包まれている あなたの額(ぬか)の前に。




わたしは闇、幽暗に対置するものとしては、炎よりも寧ろ「光」を選択したい。何故なら、炎は自然界に存在するものだが、陽光を除き「光」は人工的なものだからだ。
「闇」=暗さの反意語としては、「光」がわたしにはしっくりする。

「私はただあなたにこういいたいだけなのです ──

私の最善の力が、憤りも持たず いじけもしない

一つの本能のようであってほしい、と。」

この詩行にわたしは共感する。
私の最善の力が、憤りも持たずいじけもしない、一つの本能のようであってほしい
それは常々わたしが言っている。「わたしがわたしであること」それこそがわたしにとって最も重要なことであるという想いと重なるからだ。そしてわたしはまさに「ひとつの本能」でありたいと願う。



リルケの詩に屡々出てくる神の存在については、わたしにはわからない。

「私の祈りに許容(ゆる)しておいてください、

私の祈りは こんなに真摯に そして孤独に立っています、

雲に包まれている あなたの額(ぬか)の前に。」

率直に言えば、私のいのりはこんなに真摯に云々と口に出せること自体が、驕慢にすらおもえるのだ。

ミレーの絵の中で、一日の労働を終えた、貧しい農夫たちが、黄昏の畑で祈りを捧げている。彼らもまた心の裡では、ここにあるような、自己の神への祈りに対する重み、軽重のようなものを感じているのだろうか?神を持たぬ者にとって、信者の神に対する己の位置というものはわからない。それでも、農夫たちにとって、神と自己とは正に一体であり、神に祈るということは、今日の日を無事に終えたことを、そして今日一日の糧を感謝しますというごく素朴で、純粋なものではないのだろうか?祈りを捧げるということは、彼らが日々生きる上で「自明の事」であって、敢えて、祈りを、その重さ深さを対象化するということが、なにか不自然なことのようにおもえるのだ。名もなき労働者たちにとっての神、そして神への祈り、語り掛け、それと、リルケの神とはどのように異なる存在なのだろう。

人格を持ち、人間の姿をした神への信仰はわからないが、わたしにも信仰はある。

それは「美」に対する拝跪であり、自然への崇拝である。一木一草悉皆成仏。自然界の全てのものには魂があり、生命が宿っているというアニミズムが、わたしの信仰といえば信仰である。

わたしは一木一草であろうと、一寸の虫であろうと、彼らの最善の力が、憤りも持たずいじけもしない、一つの本能のようであってほしいと願うのだ。花は花として、虫は虫として生き切ってほしいと願うのだ。

ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きているんだ友達なんだ
という、歌の通りである。


わたしは仮にそれが神であろうと、「掟」「規範」「禁忌」というものに馴染まない。
そして「べからず」同様「すべき」「ねばならない」という「教え」にも馴染めない。
わたしは一個の本能、一個の野生でありたいのだ。


リルケの詩にわたしの好きな言葉がある。


「神よ おのおのの者に そのもの固有の死を与えたまえ、

おのおのの者が 愛と 一つの意義と そして自分の悲しみを発見した

この生の中から 各人の固有の死が、ほんとうに

生まれ出(いづ)るようにさせたまえ。」




文中引用 『リルケ詩集』片山敏彦訳(1998年)より

私のみなもとである幽暗 (Du dunkelheit aus der ich stamme / You darkness that I come from )

神よ各人に与えたまえ (O herr, gib jedem seinen eign tod / Oh lord, give each one his own death )









 

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