2021年10月30日

「火を焚く」或いは「火」という哲学

 「灯下親しむべし」という言い方をします。(わたしの記憶が正確なら)秋の夜長に、ロウソクの灯(ともしび)の下で書物に親しむことを言います。

"By Candlelight" 「キャンドルの明かりで」というタイトルを持つこの絵は、19世紀オランダで描かれました。署名はありません。

「灯下」ならぬ「灯蛾」という言葉もあります。広辞苑によると、「灯火にあつまる蛾(火取虫)」という意味のようです。

蛾ではなくとも、ロウソクの焔はなぜこうも魅惑的に人の心を引き寄せるのでしょう。
わたしなら、ページの上の文字を追うのではなく、時のたつのも忘れていつまでもロウソクの焔(ほむら)に魅入られているかもしれません。


屋久島の詩人、山尾三省に「火を焚きなさい」という名随筆があります。
その中に書かれている同名の「火を焚きなさい」という詩をご紹介します。


火を焚きなさい

山に夕闇がせまる
子供達よ
ほら もう夜が背中まできている
火を焚きなさい
お前たちの心残りの遊びをやめて
昔の心にかえり
火を焚きなさい

風呂場には充分な薪が用意してある
よく乾いたもの 少しは湿り気のあるもの
太いもの 細いもの
よく選んで 上手に火を焚きなさい

少しくらい 煙たくたって仕方ない
がまんして しっかり火を燃やしなさい
やがて調子が出てくると
ほら お前たちの今の心のようなオレンジ色の炎が
いっしんに燃え立つだろう
そしたら じっとその火を見詰めなさい
いつのまにか ──
夜がお前達をすっぽりとつつんでいる
不思議の時
火が永遠についての物語を始めるときなのだ

それは
眠る前に母さんが読んでくれた本の中の物語じゃなく
父さんの自慢話のようじゃなく
テレビで見られるものでもない
お前たち自身が お前たち自身の眼と耳と心で聴く
お前たち自身の 不思議の物語なのだよ
注意深く ていねいに
火を焚きなさい

火がいっしんに燃え立つように
けれどもあまりぼうぼうと燃えないように

静かな気持ちで火を焚きなさい
人間は火を焚く動物だった
だから 火を焚くことができれば それでもう人間なんだ
火を焚きなさい
人間の火を焚きなさい
やがてお前たちが大きくなって 虚栄の市へと出かけて行き
必要なものと 必要でないものの見分けがつかなくなり
自分の価値を見失ってしまった時
きっとお前たちは 思い出すだろう
すっぽりと夜につつまれて
オレンジ色の神秘の炎を見詰めた日々のことを

山に夕闇がせまる
子供達よ
もう夜が背中まできている
この日はもう充分に遊んだ
遊びをやめて お前たちの仕事にとりかかりなさい
火を焚きなさい

よく乾いたもの 少し湿り気のあるもの
太いもの 細いもの
よく選んで 上手に組み立て
火を焚きなさい
火がいっしんに燃え立つようになったら
そのオレンジ色の炎の奥の
金色のお宮から聴こえてくる
お前たち自身の 昔と今と未来の物語に耳を傾けなさい


山尾は、
五右衛門風呂は世の中で一般に思われているように、民俗資料館の展示物となるべき性質のものではない。それは等身大の湯釜を通して、火に直接触れるという、人間に許された数少ない恵みのうちのひとつなのであり、なおかつ、火を焚くという哲学的行為をも恵んでくれるものなのである。

地の底から自然に湧き出す温泉につかり、地の底の熱の有難さを味わうこともすぐれた文化の型であるが、踏む度になんとも嬉しい踏み板を踏んで湯釜につかり、ぱちぱちはぜる木の燃える音を聞き、甘いような煙の匂いにつつまれて瞑目していると、文化というものは、なにも特別大仕掛けな科学万博めいたものではなくて、至極単純、素朴なものでよいことがはっきりと判るのである。

と記しています。全く同感です。
特に夜の闇の中で、薪を燃やし、火を焚くということ、その火を静かに見つめて、炎のかたる言葉に耳を傾けることが、優れて哲学的な営みであるという指摘には、一も二もなく賛同します。

嘗て「裸電球」は単なる「消費財」ではなく「文化財」であると書いたことがあります。
天井からぶら下がっている裸電球は人間の「文化」であり、「詩」でした。
公衆電話にもまた物語があり、詩がありました。

今やリモコンどころか、音声で風呂が沸き、飯が炊ける時代になりました。
人間の頭と心の退化・愚昧化・幼稚化は留まるところを知りません。


詩人の言葉が胸の奥で蘇ります


人間は火を焚く動物だった

だから 火を焚くことができれば それでもう人間なんだ

火を焚きなさい

人間の火を焚きなさい



山尾三省『縄文杉の木陰にてー屋久島通信』(1985年)









2021年10月27日

語り遺すべきこと

わたしが繰り返し「書けない」と言っているのは、思考力・集中力の低下などということ以前に、「独りであること」に因る「生の倦怠」が極限にまで達しているということに他ならないと思っている。

元々わたしは「言葉」、そして「言葉によるコミュニケーション」というものに対する根深い懐疑と不信感を抱いている。
「ボディ・アンド・ソウル」・・・他者に対して「こころとからだ」の接点を一切持たない孤独の底で、沈着冷静に、そして冷徹に「言葉を紡ぐこと」ができる方が、そもそもわたしにとっては不自然なことなのだ。

確かに、わたしにとって「書く」ということは、息を吸ったり吐いたりするのと同じように、生きてゆく上で欠かせない自律的な行為である。「読み手がいるから書く」のではなく、わたしは「わたしのために」書く。けれどもそれには、わたし自身が「世界にたった一人遺棄されし者」ではないという保証が必要なのだ。

「書くことと生きることとは同じである」・・・
けれども、「生き(てい)る」ということの意味が次第に希薄になり、「何にために生きているのか?」すら自分の中で定かではない状態では、そもそも「書くこと」の足場が不在になる。
それは喰うことと生きることが同義であり、生きることの意味が見失われた時に、喰い続ける意味もまた失われることと同じだ。

9月14日の投稿の中にこのように書いた。

わたしは多田智満子のように、「最後に残るのは本」だとも「本こそ究極のもの」だとも思わない。最後に残るのは、結局はいのちのぬくもりであると思っている。「わたし」という「個」に注がれた愛情と想いだと考えている。
「究極」という言葉を用いるなら、究極のところ本とは(ハムレットの台詞のように)「ことば」の集積に過ぎない。
「言葉」や「知」というものに根深い不信感を抱いているわたしにとって、極論すればそういうことになる。

昔よく言われた、「哲学は人を救えるか?」という問いに対しては、わたしは常に「否」の立場である。究極的に人間存在を救い得るのは、ゼニ・カネでも、クウネルトコロニスムトコロでも、先賢先哲の「ことば」でもなく、文盲の老女の無私の愛以外には無いのだ。
人の魂を救い得るのは他の魂以外にはないと固く信じている。
「本があるから私は孤独ではない」等という言葉(或いはそう言える人)と、わたしの孤独の闇の深さ冷たさとの懸隔は計り知れないほどに遠く、また深い・・・
◇ 

要するに孤独なのだ。ひとりぼっちでへこたれているのだ。

つくづく残念なことは、この国には、欧米のようなHUG & KISSの文化がないことと、人を殺めるためではなく、この世からお暇乞いをするために必要な銃を容易に手に入れることができないことだ。

1,000,000言のことばよりも、わたしはだれかにやさしく、そして力強く抱きしめてほしいのだ。

わたしは確かに「居る」という実感を得たいのだ。
わたしという鬼を、蛇(じゃ)を、抱擁し得る誰かがこの世に居るというという、「身体で感じる感覚」を得たいのだ。








こころ

語り得ず、さりとて黙し得ず

黙し得ず、けれども語れず






2021年10月25日

断想、廃滅の美

わたしはなにゆえ孤独な者、悲しむ者、悩める者、貧しき者、鞭撲たれし者、涙を流す者の中に「美」を視るのか?

何故「幸福の王子」の使者であるつばめが、彼らに「幸」を齎すことのないようにと願ってしまうのか?

「不幸せこそ美である」という美学は那辺に由来するのか?

貧しく悲しみに暮れる老女に、何故「美しき存在のままでいてください」と願ってしまうのか?

深い悲しみとは何故かくも美しいのか?


詩人石原吉郎は記す。

「隣人の平安は、とりもなおさず私自身への悪意なのだ。私は他人の平安におびえながら、今日も街を歩いている。隣人の平安のない世界。不幸なことに私は、やはりひそかにそれを求めている」

「一九五六年から一九五八年までのノートから」
世界の人間が遍く幸福であったなら、わたしはそのような世界に生きてはいられないだろう。
何故ならそこは「美」が存在し得ない世界だからだ。 

石原吉郎は決して存在論的な「美」云々のために「隣人(=他人)の平安のない世界」を望んでいるのではない。

けれどもやはりわたしは彼の心情に共鳴し、この言葉に救われている。






わたしはあなたを愛します

Destitute Woman Seated on Bench, 1933-1938, Lisette Model (1901 - 1983)


わたしはあなたを愛します。貧しさの中にある美と、深い悲しみと孤独、その高貴さを・・・






 

色蒼ざめて立ちつくす「いま」

58歳。気持ちは夙に最晩年を迎えている。心身ともに衰弱し、気力なく、思考力も失った今、一体何が書けるのか。それともすでに何も書くことはできないのか。仮に書けたとしても、それはもうはや稚戯に類するものでしかないのか・・・

いづれにしても、これからは身も心も衰え、「書けなくなった自分」に向き合っていかなければならない。

文章が書けなくなったということ、すなわち自己表現が困難になったということを、(どういう形でかまだ分からないが)書いてゆかなければならない・・・





 

2021年10月24日

感受性の地獄。底彦さんへの返信に「仮託」して

10月5日の投稿「地獄とは・・・」の中でわたしはこう記した

 「鋭敏すぎる美意識や感受性は、それを持つ者にとって、ある意味で「不治の病」であり、それは彼自身にとって「地獄」でもある。」

頂いたコメントの中で底彦さんは次のように書いてくれた
「しかし, その鋭敏さは美や真理に向かうときにその大きな力を発揮すると思うのです.私は「Clock Without Hands.」から日々の力を得ています. 背中を押してもらうように感じるときもあるのですよ.
そこにあるのは, Takeo さんが自らの美意識に基いて選んだ作品の集まりです.
Takeo さんがそれらの作品を見つけ, 選ぶときに感じているであろう精神的な高揚感を救いとすることはできませんか?
Takeo さんが「わたし」であることの地獄を, Takeo さん自身の美意識で見出だした作品群で癒すことはできませんか ?」

そのときわたしは底彦さんのコメントに対し、「本心」を、「本音」を書くことができなかった。

この投稿は、その書けなかった想いを、今更ながら心の裡で整理するつもりで書く。そして底彦さんへの、遅蒔きながらの「真実の返信」として。


底彦さんはわたしの「アートブログ」に励まされていると言ってくれた。けれどもわたしの本領は、「美を見出すこと」ではなく、「醜さ」に対する尋常ならざる鋭敏さと醜悪なものを憎む魂であると感じている。
ここで重要なのは、「美を見出すまなざしと、醜(しこ)に過敏な美意識乃至感受性は「非対称」である」ということだ。

仮にある者が、美にも醜にも鋭敏であるなら、それはその人間の存在の裡で相殺されはしないかと考えうる。或いはひとつの美の持つ力は、十の醜さを凌駕しうるのではないかという発想も決して突飛ではない。
けれども、わたしに関しては、その理屈は当てはまらない。
即ち、十のうつくしさは、ただひとつの醜悪さに手もなく覆滅せられるような感性・美意識を、わたしは具えている・・・

重い鬱病に苦しんでいる底彦さんにとって、わたしの美への感受性が、あるいはあえかな力になっているかもしれないが、以上述べたような理由から、残念なことにわたし自身は底彦さんほど、美に励まされるということがない。

わたしにとってこの世界は穢土であり、汚わいの海に他ならない。

この国のいったいどこに、どのようなうつくしさが、「美」が、息づいているのか?


「美」に対する感性と、「醜さ」に対する感受性は「非対称」であると言った。
「繊細さ」「センシティビティー」について語られるとき、醜さに鋭敏な魂は、ひとしくうつくしさにも敏感なはずだ、という考えが主流であるとすれば、それは多分に楽観的且図式的に思われる・・・私見を言うなら、それは決して「正確」でも「正当」でもない。

わたしがこの世界に視る人の世の醜さと釣り合うほどの美を、わたしは決して見出すことはできない。


「誰かが泣き止めば他の何処かで誰かが泣きだす。故に世界の涙の総量は常に変わることはない」とベケットは書く。

けれども世界の涙の総量が不変であるとすれば、誰かが泣き止み、誰かが泣きだすといった形ではなく、「泣き続ける者」が永遠に泣き続け「笑う者は永遠に笑って(嗤って)いるから」だ。

わたしの外側に広がる世界の醜悪さの総量は、増えこそすれ、決してなにがしかの「美」によって相殺、或いは減殺させられることはないだろう。

そもそもわたしはこの世に未だ「美」と呼ばれるものが存在しているかどうかすら、訝しんでいるのだから・・・


"Beauty Is In The Eye Of The Beholder"

「美は視る者の心にある」








書けない訳

日常とはなにか、私たちの日常とは。それは立ちどまり青ざめて見返ることのない畏れなき「いま」である。立ち止まり青ざめて見返ることを余儀なくされた者は多くそこに在りつづけるのは難しい。それが私たちの、息を呑むような日常の構造である。

ー 辺見庸「自問備忘録」『たんば色の覚書 ー私たちの日常ー』(2007年)より 




 

2021年10月11日

秋の夜 自問自答の 気の弱り(炭 太祇)

September of my years 
 

Don't Wait Too Long


実りの秋というけれど、
樹の葉が枝から離れて落ちるのをただ眺めているだけ
虚しい 空っぽの人生
いまやわたしは一個の落日
ひとひらの落葉に過ぎない





2021年10月10日

無題(歴史認識についてについての覚え書き)

István Harasztÿ Central manegement


1935年ハンガリーに生まれた彫刻家の手に成る『セントラル・マネージメント』


誰もが自分の言葉を棄て、ただひとつの言葉=「主義」に従うことをファシズムという。

先月の投稿「納豆と世界」で、われわれは客観的な世界を感知することはできないと書いた。納豆がマズいと感じている者に、「本当は」納豆は美味しいんだよと諭すことはナンセンスであると。何故なら、彼の味覚は「納豆とはマズいもの」としか感じられないのだから。


「我々は世界を、私たちが(今)あるようにしか捉えられない」ということが疑いを容れぬ真実であるとしても、また世界認識はそれぞれの主体・主観に依拠するとはいっても、我々は時に「倫理を重んずる人間存在」として「客観的な世界」を再認識することを求められる。

それは「歴史的事実」である。


わたしたちは「南京」や「アウシュヴィッツ」「ヒロシマ・ナガサキ」といった厳然たる歴史的事実を(人類が共有すべき)過去の現実として認識しなければならない。
如何にそれがマズかろうと、そこには揺るぎない「本当の世界」の「歴史」が厳然として君臨しているからだ。
そのとき、わたしたちは誰も口を噤み、過去の事実の前に粛然と頭(こうべ)を垂れなければならない。

ポール・ヴァレリーは書いている

もし私が誰かを愛するにしても、私はその人を嫌うことも出来るだろうと抽象的に考えることができるし、誰かを嫌うにしても、同じ能力を持てる。

「納豆がマズい」という、自身にとって確たる事実があっても、わたしたちは、頭の中で「納豆は美味しい」と考えることができる。

それと同じように、時にわれわれはちっぽけな自己一身の主観を離れて、巨大な歴史的事実の前に額づかなければならないのではないだろうか・・・

無論それを他人に強制はできない。けれども、歴史的事実を忘れた時に、必ず同じ惨劇が繰り返されることは歴史それ自体が教えてくれているのではないだろうか?

改めていくつかの言葉を

*

”The destruction of the past is perhaps the greatest of all crimes.”

ー Simone Weil


「過去の破壊。おそらくそれは最大の犯罪であろう」

ー シモーヌ・ヴェイユ

*

”The past is not dead. In fact, it’s not even past.”

ー William Faulkner


「過去は喪われてはいない。実際のところ、過去は「過去」ですらないのだ」

ー ウィリアム・フォークナー


(未完)







2021年10月8日

会話

 

わたしはいったい だれと どんなことがはなしたいんだろう?

わたしはいったい だれと どんなことがはなせるんだろう?






2021年10月7日

だれでもいいから

 

誰かにやさしく 力強く抱きしめられたい・・・




2021年10月6日

教師という仕事・・・

 図書館で借りた2006年の『暮しの手帖』を、ぱらぱらと眺めるともなく眺めていたら、パリ在住の、作家・翻訳家という肩書をもつ飛幡祐規(とびはたゆうき)さんという方のコラム(?)が目に入った。 

フランスでは、無償の教育法に先立つ1880年に、世界で初めて現場の教師に教材を選ぶ自由を保障する法律ができた。だから教科書の検定はなく、ほとんど教科書を使わない先生も多い。カリキュラムは全国一律だが、授業内容は先生によって千差万別になる。 
 (略)
教師の独立性が保障されているこの国では、「心のノート」のような妙な教材が、国から押し付けられる心配はない。

これを読んで驚くとともに、つくづく羨ましく思った。
こういう仕組みなら、「教師」「先生」という仕事も悪くないじゃないかとも感じた。
第一教材選びが面白くて刺激的で仕方がないだろう。


仮にわたしがこのような環境の下で教師になるなら、選ぶ教科は「国語」か「社会科」になるだろう。悪く考えれば「自分(=教師)の価値観の押し付け」という風にもとられかねないが、わたしは第一にディスカッションを重視したい。わたしの選ぶ教材は、主に映画と本、そしてアート(主に写真)ということになるだろうが、とにもかくにも生徒に観せ、読ませたものについて生徒本人はどう思い何を感じ考えたかを話してもらう。この作品のどういうところに共感し、またどういう部分に違和感を覚えたかを他の生徒たちと一緒に聞かせてもらう。
非常に非効率的な方法だが、教育とは本来効率性に背馳する。

尤もいかに自由な授業ができるとはいえ、根が狭量な上に、極めて柔軟性に欠けるわたしのような人間に仮にフランス本国であったとしても教師が務まるかどうかは甚だ怪しいが、魅力を感じることは確かだ。

教育に於いて最も大事なことは何かと訊かれれば、わたしは、とにかく教師や親を筆頭に、マスコミのコメンテーター、文化人と称される人たちがこぞって言っていることを鵜呑みにせずに、先ず自分の感覚、本能、感受性を第一の規準とすること。その上で少しでも先生や親たちの言うこと、世間が良しとしていることに違和感を感じたら、その違和感を掘り下げ追求してゆくことだと答えるだろう。

わたしが教師なら、卒業に際し、生徒たちにたくさんの「!」(=知識・情報)ではなく、より多くの「?」(=疑問・違和感)── 即ち「問題意識」── を頭と心に詰め込んで社会に出て行ってもらいたいと願うだろう。

さて、はたしてフランス的な規準に照らして、わたしに「教師としての適性」があるのかどうか・・・


"There is a voice inside of you That whispers all day long, “I feel this is right for me, I know that this is wrong.” No teacher, preacher, parent, friend or wise man can decide What’s right for you–just listen to The voice that speaks inside."

— Shel Silverstein



 



2021年10月5日

地獄とは・・・

嘗てこのような対比的な言葉を引用したことがある


” The Hell is Others ” 

Jean-Paul Sartre (1905 - 1980)

「地獄とは「他者」である」

ジャン=ポール・サルトル

*

“ Hell isn't other people. Hell is yourself. ”

Ludwig Wittgenstein (1889 - 1951) 

「地獄とは「他者」ではなく君自身である」

ルードヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン


わたしには両者の言っていることは同じに聞こえるが、そのことに関する考察は措いて、今のわたしの心境は、ヴィトゲンシュタインの言い分に傾く。

すなわち

「地獄とはわたし自身である」

吾人の「治癒」と「健康」を妨げているものを、悉く未成熟で陋劣な社会環境に還元することはできない。
鋭敏すぎる美意識や感受性は、それを持つ者にとって、ある意味で「不治の病」であり、それは彼自身にとって「地獄」でもあるのだ。


以下、底彦さんの9月30日の記録を抜粋引用させていただく。

夕方からデイケアで PSW さんとの面接があるのでアルコール依存症のミーティング会場からデイケアに向かう.
ちょっと前までは, この面接では認知療法やスキーマ療法で日々の苦しみについて話し合い, 回復の道筋を探っていた.
けれども, 苦しさの根源であった過去の記憶の問題からほぼ解放されたことで, 深刻に取り上げる話題が無くなった.
強いて言えば, 慢性的な鬱が苦しいということだが, これはある意味で自分の性格に深く根ざしているので治療の名の元に無理に治す ── 性格を変える ── のがいいのかどうかはわからない.

PSW さんも, それはあなた自身なのだから変えなくてもいいのではないかとも言っている.
(下線 Takeo)

もとより現在の底彦さんの状態を軽視するつもりは毛頭ないが、「私が私であることは地獄である」と感じている今のわたしは、この底彦さんの感懐を、極めて複雑な気持ちで読んだ。


先の「再び、書くということ」の中で、底彦さんに

わたしに関して言えば、「普通の人のように成れるものなら・・・」という気持ちはありません。これがわたしなのだ、と胸を張れるものは何一つありませんが、大事なことは、これというもののあるなしではなく、単純に、純粋に「私は私以外の何者でもない」「私が私である」ということ。それ自体なのだと思っています。

と言っている。その気持ちに変わりはないが、今のわたしは、

「大事なことは、これというもののあるなしではなく、単純に、純粋に「私は私以外の何者でもない」「私が私である」ということ。それ自体なのだと思っています。」

などと気楽な(或いは軽々しい)ことは口にできない・・・

「私は私自身でなければならない」というある種の「信念」乃至「信仰」と、その「信念・信仰」ゆえの煉獄の試練の狭間でわたしはいま、のたうち回っている。

しかし一方で、いかにわたしが自己に殉ずることを恐れ、「普通の人のようになりたい」と願ったところで、それはそもそも無理な相談であるということも、承知している。

何故なら、「わたし」は「わたし」として生まれてきたのだから・・・







2021年10月4日

無題(底彦さんへのコメントの転載)

既にお気付きのように、再びブログをこの「ぼく自身 或いは困難な存在」に戻しました。最大の理由は、過去に書かれた文章の数々と、日々新たなブログに書かれることが、わたしの中では一貫して連続しているにもかかわらず、物理的に別々の二つのブログに「別れて」存在しているという不自然さでした。

加えて、わたしはどうしても今の社会とはうまくやっていくことができません。ということは、今の社会でふつうに暮らしている人たちともまたうまくやってゆくことができないということだと、最後の投稿を書き終えて思いました。
わたしと、わたしのブログを読んでくれる人との間には、そのような、どうしても埋めることのできないであろう齟齬、隔たりが厳然として存在しています。

一方、アートブログやTumblrでは、わたしの投稿するアートや写真を歓んでくれる人が、「少なからず」存在しています。比重をアートに移すということになれば、残る問題は別れ別れになっているわたしの内面の記録(の連続性)です。

先にわたしがブログを移ると宣言した時に、わたしのブログを継続して読みたいと言ってくれたのは底彦さんただひとりでした。今のお気持ちはわかりませんが、そのことには心から感謝しています。

出たりはいったり、気持ちの赴くままの行動は周囲を(また自分をも)戸惑わせますが、わたしの性分ですのでどうか許してください。これがわたしだと開き直るつもりは毛頭なく、直さなければならないとは思いながら、相談相手と言える人もおらず、結局自分のその場その場の衝動に従うということの繰り返しです。

改めて、「性格とは運命である」という言葉の重みを感じています。

以上、取り急ぎお詫びを申し上げに参りました。

Takeo 







2021年10月2日

書くこと、そして読まれること

 松浦寿輝『青の奇蹟』に収められている「書物あるいは世界の構造」は、わたしにとっても非常に共感できる一文である。(初出は2001年3月の『現代詩手帖』)

この六頁の評論を簡潔に要約する能力はわたしにはないが、わたしが読み取ったのは、
「文はどのような媒体で読まれるべきか?」ということだった。

冒頭に粕谷栄市、稲川方人、朝吹亮二という三人の詩人の「詩集」をはじめて手に取って読んだ時の印象が語られ、「どれもみな、わたしが愛してやまなかった美しい書物ばかりだ。」と記す。

しかし

ところで、他方、わたしはそれぞれの代表作を編んだ粕谷、稲川、朝吹三氏の「思潮社現代詩文庫」を持っていて、先に掲げた三冊の書物に収められた詩編はすべてその中で読むことができる。ところが、そう言ってしまっては身も蓋もないことながら、今、誰もが知っているあの窮屈な二段組みの「現代詩文庫」のページ面で、三人の詩人の作品を読み直してみても、どれもこれも面白くもなんともないのである。
(太字、本書では傍点)

続けて

「私は、「現代詩文庫」にはずいぶんお世話になった」という秋山駿の言葉が現代詩文庫版『稲川方人詩集』の帯に印刷されており、わたしもまた他の多くの人同様、この感慨に百パーセント共感する。それに続く秋山氏の言葉、「要するに、これが、ハンディな、詩における現代文学全集だからである」が、この文庫の意義を簡潔に語り尽していよう。この「ハンディな詩における現代文学全集」の便利で重宝なことはまことに有難く、同時代の日本の詩を愛する者、それについて何事か考えてみようとする者なら、このシリーズに「お世話」にならなかった者など一人もいないにちがいない。

確かにわたしもこの思潮社の現代詩文庫には大いにお世話になっている。わたしより約十歳年上の、詩人、松浦寿輝氏と異なり、 わたしが日本の現代詩を読むということは、即ち思潮社の「現代詩文庫」を読むことであった。

松浦氏は、現代詩文庫の意義を認めつつ、軽装版の文庫そのものは、詰まるところ、「ハンディ」な情報機器に過ぎないと言い切る。

「日本の現代の詩を読むということは、イコール「現代詩文庫」を読むことである」といったわたしもまた、松浦氏の意見と同じである。

実際、ページ面にとにかく詰め込めるだけの言葉を事務的にぎっしり詰め込んだ「現代詩文庫」で読む稲川方人の詩行など、ただみすぼらしいだけでとうてい読めたものではない。『償われた者の伝記のために』のあの細長い版型の孕んでいた目の醒めるような衝撃はいったいどこに行ったのだろうとつくづく思う。
(太字は本書では傍点)
しかしそれにしても、大した部数は印刷されなかったであろう「元の書物」が歳月の経過につれて徐々に散逸し、磨耗してゆく一方である以上、二十一世紀の詩の読者は、『世界の構造』も『償われた者の伝記のために』も『終焉の王国』も結局はこの「ハンディ」で重宝な文庫版でしか読まなくなってゆくのではないか。

このような文章に接すると、以前のブログにも書いたように、文章を「何で読むか」という問題が改めて浮上してくる。率直にいえば、わたしは自分の文章を、「スマホ」や「タブレット」で読まれることを望まない。それはわたしの文章が優れているからという意味ではまるでない。ただ、「ハンディ」な情報機器で「サクサク」と読まれるくらいなら、その程度にわたしの文章を評価しているのなら、いっそそんな「お手軽な文章」など読まずに済ました方が、たとえ5分であれ、時間の節約になるのではないか、と、思うのだ。

わたしは「スマホ」で足早に目を通しておかなければならないようなこと、駆け足で消化吸収しなければならないことなど何ひとつ書いていない。
結果として駄文の集積でしかないにしても、文章を書くということは、わたしにとって、それこそ、骨身を削る作業と同じなのだ。もしもわたしという人間の人生に少しでも「敬意」を抱いてくれるのなら、(スマホやタブレット)でわたしの文章を読むことは止めてほしい。
松浦氏は「元の書物」に印刷されている詩と、「ハンディ」な文庫版に収められた詩とは、まったく別のものであると考えている。一字一句同じであるにもかかわらず、である。
同様に、わたしが机の前にすわり、こけつまろびつしながら認めた文章と、スマホやタブレットに映し出されたわたしの文章もまた、一字一句、句読点から誤字に至るまで少しの異同もなく液晶画面に映し出されていたとしても、それはわたしの書いた「元の文章」とはまるで別物なのだ。

たしかなことは、恐らくわたし自身の詩もまた、「元の書物」で読まれることを切実に求めているという点だ。
久しぶりで現代詩文庫版の『松浦寿輝詩集』を開いてみたが、そこに収録された『ウサギのダンス』や『冬の本』をかたちづくっている言葉が、わたしの眼に何の魅力も湛えておらず、硬直した屍骸のようなものになって冷たく素っ気なく並んでいるばかりなのには、改めて唖然としたものだ。

いまから20年前に草されたこの松浦氏の文章はこう〆られている。

電子情報化時代の書物は今後徐々に、あるいは急速にペーパーレス化が進んでいくだろうが、そのことは端的に、七十年代に青春を送りつつあったわたしが熱狂したような意味での「現代詩」が着実に衰滅に向かいつつあることを意味している。わたしにとって「書物」とはそれ自体「世界の構造」を表象している何ものかのことなのだが、こうした感じ方はもうすでに十分時代遅れのものと化していよう。
ではどうしたらいいのか。アメリカ人がよくやっているようにインターネットにサイトを開いて近作の詩でも載せてみるか。谷川俊太郎氏のように、CD-ROMで全詩集を出してみるか。わたし自身はあまりにも怠惰なので、時代にふさわしく脱皮を重ねつつ流行の先端をしなやかに泳ぎ渡っていこうという意欲など、もはやかけらほども持っていない。
 (略)
ただ「書物」に「世界の構造」の雛形を透視するといったまなざしのありかたが、せめてわたしの生きている間くらいは、細々なりと、若い世代に受け継がれていってほしいと希望するのみだ。

◇ 

現在67歳の松浦氏が、この文章を著した20年後のいま、スマホを持ち、TwitterなりFacebookなりに投稿しているということは充分に考えられることだ。というよりも、もしも、彼が今もなお、「わたし自身はあまりにも怠惰なので、時代にふさわしく脱皮を重ねつつ流行の先端をしなやかに泳ぎ渡っていこうという意欲など、もはやかけらほども持っていない。
と言えるとしたら、わたしは彼に脱帽する。無論そんなことはあり得ないという前提で、わたしはそう書く。

けれども、わたしが「元の本で読まれることを切に願う」松浦氏の「詩集」を「ハンディ」で「お手軽」な「現代詩文庫」で読んだとしたら、それはやはり、松浦氏、そして松浦氏の詩(詩集)に対する「冒瀆」にあたるのだろうか?
或いはまた、詩人自らが言うように、現代詩文庫で彼の詩を読むことは、所詮屍(かばね)と化した文字列を目で追うだけの営為なのだろうか?

その答えは容易に見つかりそうにない・・・








2021年10月1日

オータム・グリーティングス

The Terrace, Autumn, Victor Charreton. French, (1864 - 1937)
 - Oil on Canvas - 

「テラス 秋」ヴィクトール・シャレトン(?)(油彩)

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”Autumn is my Spring !”

「秋は私の春だ!」

ー アウグスト・ストリンドベリ

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みなさん、平和な秋をお迎えください。