詩人、石原吉郎の言葉でいちばん印象深いのは、「しかし、生きるということは、なんてまあ大変なんだろう」という、彼の日記だか、ノートに残されていた慨嘆です。
ご存知のように、昨年11月5日、わたしは、外出困難で、二駅先の主治医のクリニックまで行くことが出来ない状態のまま、一人暮らしをはじめました。
いちに、父の入居していたケアハウスでの待遇があまりにもひどいと思えたこと。
ふたつには、繰り返し書いていますが、昨年の夏を母とともに過ごして、もう今年は一緒に暮らすことは出来ないと感じたこと。父はいないとはいえ、二人の障害者の身の回りのこと一切を母一人でやることは、とても大変そうに見えました。
そして三つ目は、弟の問題。弟の存在はわたしにとって、母に対する気持ちとは別に、大きなストレスで、以上を考えると、仮に外に出られなくとも、もうあそこにはいられないという結論に達しました。
いまでも、その選択しかなかったと思っています。
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今日、引越し以降、(関連があるのかはわかりませんが)眼圧が急上昇した目の検査のために、実に4ヶ月ぶりに眼科に行きました。行きました、といっても、バスと電車が苦手なわたしは、最近、何処へ行くにも、母に付き添ってもらっています。何度も書いていますが、一人で乗るバスでの20分間は、それは大変な苦痛です。
結論から言うと、この間、点眼薬だけでは足りず、飲み薬まで飲んでいながら、状態は悪化していました。眼科医は、これ以上は薬では抑えきれないし、少しづつ視神経も侵されている様子なので、出来れば早めの手術を、と。
23歳だったか、両眼の緑内障の手術を受けました。右目は既にかなり視神経がやられていました。
まだそれほどでもなかった左目は、一度目が上手くいかず、後日昭和医大で再手術をしました。
それから、34年、わたしの神経で、よくここまで持ったものだと思います。
今再び、もともと悪かったほうの右目が悪化して、これ以上の進行を止めるには手術以外にないという状態にあります。
昨年の右目の白内障の手術のときにも、散々迷いました。それは、数年前、左目の白内障の手術をした後の違和感でした。薄暗いところに来ると、眼内のレンズの円周が乱反射する。
けれども、今の眼科医を含め、その症状に真剣に耳を傾けてくれる人はいませんでした。
それに、20代のときならいざ知らず、今のわたしが、緑内障の手術に耐えられるとは思えないのです。手術自体もさることながら、白内障の手術をしたお茶の水の井上眼科でやるとしても、先ず立川から御茶ノ水までの電車の問題があります。昨年の白内障にしても、術後、3日間通うように言われていましたが、結局それは無理でした。術後の眼圧が相当高かったにもかかわらず、電車に乗れず、引越し前の眼科で、診察を受けました。そこの医師は井上眼科のOGです。
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これも先日書いたように、多摩総合医療センターの精神神経科で行われた心理テストの結果、わたしの知能指数は、同年齢のグループの下位20%以下という結果でした。つまり、平均値を大きく下回っているということです。
わたしは頭が悪い。そこで、医師にあれこれと尋ねるのですが、医師というものは診療科にかかわらず、多忙なものらしく、わたしの質問攻めに露骨にいやな顔をする医師にも少なからず出遭ってきました。
加えて、わたしは「なんで?」「どうして?」の塊の様な人間です。わたしに対し「そういうものなの」「そうだからそうなの」という答えは通用しません。ですから、常識的な社会通念を振りかざすような人間とは当然ながら反りが合いません。
医療及び福祉に携わる人にとっての最優先事項は、「生かすこと」乃至「殺さないこと」であろうと思います。ですから、命と直接かかわりがなくとも、放置すれば失明する。といわれて、手術を躊躇っている人間の気持ちは、(その人間を、その実存を・・・ではなく、病んだ身体を)「治す」ことをミッションとした人たちに理解することは困難でしょう。
彼らには冒頭に揚げた、「生自体の苦しみ」というものがどれだけ理解できるでしょう。そして「存在することに伴う苦しみ」を「癒す」ということはどういうことか?彼らはどれだけ深く考えているでしょう。
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わたしは愚か者です。そして、最近時々訪れるようになったさるブログの書き手は、おそらくは、わたしよりもはるかに「利口」な、俗な言葉を使えば、「知能指数の高い人間」なのでしょう。
このブログを通読すればわかるように、わたしはあちらでこけ、こちらでまろびながら歩いています。その愚鈍さにしばしば自己嫌悪に陥ります。わたしは魯鈍なものゆえ、人の助けが必要なのです。路に迷った時に、進むべき方向を示唆してくれる人が。ところが生憎わたしの主訴は他者とのコミュニケーションが成立しないという点です。これが、わたしの本来の性質であるのか?或いは発達障害という障害に起因するものであるのかはわかりません。何しろ、現時点で、発達障害自体、生まれつきのものであるといわれているからです。
何をしても平均20点未満のわたしは、つねに卒なく80点以上をたたき出す、賢者の教えに従うべきなのでしょうか?
わたしはそうは思わないのです。
けれども、生きてゆくうえで、知恵や教養はないよりはあったほうがいいでしょう。私にはそれが欠けています。(目の)手術をすべきか?=病気を治すべきか?そんなことで悩み、迷っているのです。)
そしてそれ以上に、萬年赤点のわたしを、その愚かさのまま肯定してくれる人がいなければとても生きてはいけません。
明日14日は再び、母に迎えに来てもらって、医療センターの耳鼻科に行きます。味覚異常です。
一ヶ月くらい前から、食べ物本来の味がしない。なにを口にしても、酸味と苦味の入り混じったような味がする。次第に食べることが苦痛になってきています。
先週行った血液検査の結果をみて、亜鉛が不足しているなら、その薬を。特に味覚異常を示す数値が見当たらない場合には、精神科の領域になるでしょうと。
眼科の帰りに、母と食事をしましたが、やはり今日はとくに何を口にしてもおいしいと感じられない。
けれども、世界でたった一人の味方がそばにいる。母の存在がなければわたしはとうにこの世にはいなかったでしょう。
Takeo さまへ。
返信削除メプです。
お礼の記事も、ありがとうございました。
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度重なる通院。すごく大変でしたね、、、。
明日も受診との事。お疲れでしょう。
でも、美味しい物を、美味しく味わえたり、
美しいものを、そのまま見て感じることが出来るのは、ありがたい事です。
通院は大変でしょうが、どうか、お大事になさって下さい。
メプ
こんばんは、メプさん。
削除穏やかなコメントをありがとうございました。
なかなかに「心に思い煩うところありて」お返事が書けませんでした。
>美味しい物を、美味しく味わえたり、
美しいものを、そのまま見て感じることが出来るのは、ありがたい事です。
その通りですね。
「美味しい」という言葉にも「美」という文字が使われていますね。
最近の投稿は、メプさんいとって、そしてわたしのブログに好意を持ってくださる方にとって、(そういう人がいるという自信はまったくありませんが。)極めて不快なものであったろうと思います。
嘗て「わたしの信仰は美である」と書きました。それはいまでも変わっていません。
先日メプさんがコメントを下さった「Nostalgic Light」、ああいうブログがわたしの理想のブログです。
わたしの親友で居てくれた人は、毎晩メールで、「今日も、アートを渉猟したり、素敵なFilmを観たり?いやな事ばっかりの世の中だけど、せめて、こころ安らかな時間を過ごしてください」と最後に書き添えるのが常でした。
ただ、この世界に生きて・・・障害を持つものとして生きて、「美」だけに囲まれて生きるということは、うつくしいものだけに目を向けるということは、少なくとも、わたしにはできないのです。もともと、観る映画の比率で、「社会派映画」がおそらく最も多い人間です、世の不条理に我関せずと、美しいものばかりにかまけてはいられない。因果な性格です(苦笑)
メプさんも、わたしの拙いブログの中から、せめて、わずかな「美」を見出していただければ、書き手にとって何よりの喜びです。
改めて、お心遣いに感謝します。
Takeo