2019年8月5日

君がいた夏、僕がいた夏…


二階堂奥歯の『八本脚の蝶』を読んでいたら、このような記述があった。



2002年11月3日(日)

Terri Weifenbachの写真集"Lana"を買った。

ものごころのつきはじめた頃。
いろとりどりの光の揺らめきでしかなかった世界を分節しはじめた頃。
その頃見ていた景色はこんな感じではなかったか。

ちくちくする芝生の上をブランコに向かって歩く。
(まだ上手く歩けなかった)。
手をさしのべる母を見上げれば、その後ろには真っ青な空間が広がっていた。

はじめて空を見た頃。
はじめて水面に映る秋桜の影を見た頃。
そのころの景色はこんな感じではなかったか。

私は小さく、世界は広く広く、そしてそれはひたすら輝かしかった。



テリ・ワイフェンバック(?)という写真家を知らなかった。
先日も考えていたのだが、今の時代の家族写真(アルバム)って、今50代のわたしたちの子供の頃のアルバムに貼られている写真と違って、色褪せたりしないんだろうな。

わたしの幼児期から小学校入学頃までの写真は白黒であれカラーであれ、みな少しづつ変色し、褪色している。
裕福(?)な家庭では、ホームビデオというのがあって、歩き始めた子供をお父さんが8mmフィルムで撮影した。実際にそれを見たことはないが、映画の中で、(わたしが観るのは主に外国映画だが)誕生パーティーなどで、その日の主人公の御幼少の頃のビデオ上映会が行われたりする。8mmなので当然画像は粗いしフィルムも劣化している。でもその不鮮明さが、「遠い夏の日」という感じをいやがうえにも演出する。

これはあくまでもわたしの美的感覚だが、昔の写真は色褪せていた方がいいし、幼い日を撮影したホームビデオは肌理の粗い方が広がりと奥行きを感じさせる・・・というよりも、それは「夢」に近い。

わが家には8mmカメラも映写機もなかったが、家族と撮った写真が色褪せて、遠く過ぎ去っていった歳月を実感させるものになる時代に生きられたことをよかったと思う。

二階堂奥歯は言う

「ものごころのつきはじめた頃。
いろとりどりの光の揺らめきでしかなかった世界を分節しはじめた頃。
その頃見ていた景色はこんな感じではなかったか。」

「はじめて空を見た頃。
はじめて水面に映る秋桜の影を見た頃。
そのころの景色はこんな感じではなかったか。」

そうかもしれない。

でもわたしの見たであろう空の色は、世界の姿は、彼女がそのように感じたような、テリ・ワイフェンバックの写真のような鮮明で、くっきりと縁取られたものではなかっただろう。


◇    ◇    


11年前、2008年2月にわたしはブログにこんな投稿をしている。



 秋になると

 果物はなにもかも忘れてしまって

 うっとりと実ってゆくらしい  ー八木重吉ー



日本はいつの頃からか、「古い物」を目の敵にするようになった。

「時代がつく」ということばがある。主に骨董品などの価値の目安になっているらしい。

英語では Become antique ・・・

骨董などは単に「古けりゃいいってもんじゃない」のかもしれないが、

わたしは古さ、古びというだけで、惹かれてしまうところがある。



日本の都市はわびしい。

銀座の「交殉社ビル」や丸の内の「日本工業倶楽部」などの姿は、無慚としか形容しようがない。

世を挙げて「あたらしけりゃなんでもいい」と、遮二無二古さ、時代をかなぐり捨てている様子を目の当たりにしていると、「古けりゃいい」という反発した気持ちも生まれてくる。


・・・時間とコラボレートできないものたちは、うつろで、わびしい。

「風格」も、「威厳」も、時間という作家の手によって施される塗装だと思う

時間とともに、輝きは寧ろ増すものだろう・・・

やたらと「作家の作品」をありがたがる向きもあるけれど、

今一番忘れ去られている偉大な作家は、「時間」・・・


自然は当たり前のように時間とのコラボレーションを行って、豊かな美を獲得している。

果実も、人も、上手に時間とコラボレーションできるものが、豊かな実りを手にすることができる・・・

            


                    

                   


・・・人も かくありたい  かくあらねば・・・




〔今日、8月5日は誕生日・・・〕















2 件のコメント:

  1. Blueさん🎶
    お誕生日おめでとう。

    Blueさんが新しいお誕生日を迎えたことを単純に喜びます。
    57年前?Blueさんを生んだお母さんにも感謝します。

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    1. ありがとう瀬里香さん。

      瀬里香さんが誕生日のメッセージをくれたことを素直に喜びます。
      ちなみに56歳です(同じか(苦笑))

      19世紀のある有名な哲学者が、大学を卒業する際、先生に、「将来どうするつもりかね?」
      と尋ねられ、彼は、「私は人生を、それについて考えることに使おうと思っています」と答えました。

      瀬里香さんはお元気ですか?
      今週はデイケアに行く予定です。こう暑いと、レコード屋や遠くのTsutayaにはなかなか行く気になれません。

      これからもよろしくね。^^

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