2020年2月16日

辺見庸と内田樹 王様は裸か?


「思想や文化は後退するけれども、テクノロジーは絶体に後退しない。しかし、そんな社会がどういうことなのかを書く哲学がない」と辺見庸はいう。

一方内田樹の『生きづらさについて考える』で、内田は、「歴史は繰り返す」「我々は歴史から学ばない」と今更中学生の投書のようなことをしきりに述べている。

では訊くが、こんにち、21世紀の日本で、また世界で、われわれが「学ぶべき歴史」とはいったいどこにあるのか?

本を読んでいないので断言はできないが、内田には冒頭の辺見庸のような、今が人類史上かつてない「文化なき文明」の時代だという発想がスッポリ抜け落ちているように見える。

[参考] ALL REVIEWS



ところで辺見さんにお尋ねします。これは「辺見庸公式ウェブサイト」ということになっています。

2019年7月31日の「最新詩文集完成」



けっ、「反社」上等!!!
風景の底で、幽かに明滅してやまぬ、
儚く淫らなものたちよ、
わたしの愛する「純粋な幸福」よ、
劣情と反抗を骨抜きにする
現在への、これは詩文による
終わりなき
煽情の報復戦だ!
起て!


われらを毀損してくるものを、
倍返しで冒瀆せよ!


毎日新聞出版刊
辺見庸著
A5判変型版、上製
ブックデザイン・鈴木成一デザイン室
定価2000円(税別)
ISBN978-4-620-32602-3
C0092 Y2000E
9月5日全国書店で発売!
(Amazonで予約注文受付中)

この最後の一行はなんですか?


Amazonは「テクノロジー」とは無関係なのですか?
Amazon.co.jpは「劣情と反抗を骨抜きに」し「われらを毀損するもの」の内には入らないのですか?



確かにわたしもパソコンでこのブログあのブログを書き(投稿し)、たまにはAmazonで古本を買います。そして毎日You Tubeをラジオ代わりに「聴いて」います。けれども、こころの片隅にいつも後ろめたさのようなものがこびりついています。これは明らかに堕落だという思い=惨めさもあります。

言い訳めきますが、わたしが外に出ることが出来ないのは、世の中が、外の世界が、冒頭のあなたの言葉のような状態(ITテクノロジーの坩堝)になっているという逆説もあるのです。古本を買いに行くために、レコード(CD)を買いに行くためには電車に乗っていかなければならない。しかし・・・

「もう一年以上電車に乗ったことがない。祖師ヶ谷大蔵と都心のあいだの往復も新丸子(にあるクリニック)との行き帰りも、すべてタクシーを使っているわけだ。大した貯えもないのに、この喜びの感情も寿の気持ちもいささかもない喜寿者、なにゆえに電車恐怖症に罹り、それゆえに結構な額の交通費を払わねばならぬ破目になったのか。
理由は唯一つ、スマホ人の群れを目にすると吐き気が催されてならないことだ。

ー 西部邁『保守の遺言』第二章「瀕死の世相における人間群像」1スマホ人(68ページ)平凡社新書(2019年)

貴方はいつもカッコいい。冒頭の言葉にも惹かれます。けれども、テクノロジーに汚染浸蝕された社会に唾を吐きかける本を「アマゾンで予約受付中」とは。これがあなたの「反社!」(の限界)ですか?












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