2020年2月8日

ワイアーの母親


引きこもり=(外出困難)について改めて考えてみる。

現在から約100年ほど前、1925年、リルケは書簡にこう記す


「家」とか「井戸」とか、毎日見慣れている塔とか、それどころか、自分の来ている着物やマントでさえ、まだ私たちの祖父母にとっては、限りなく重要な意味を持ち、限りなく親愛の情のこもったものでした。彼らには、ほとんどすべての「物」が、その中に人間的なものを見出したり、人間的なものを貯えたりする容器でした。
ところが、アメリカから、空虚で冷淡な品物が押しかけてきました。見かけだけの品物、生活の模造品というやつです・・・
アメリカ風の家とか、アメリカのリンゴとか葡萄とかは、私たちの祖先の、希望や物思いのしみこんだ家、果実、葡萄と何の共通点もありません ──
私たちによって生かされ、体験され、私たちと苦楽を共にしている「物たち」は滅びかかっており、しかももはや埋め合わせがつきません。私たちはたぶんこのような「物たち」を知っている最後の者でありましょう。これらの「物たち」の追憶を保持するだけでなく、その人間的な、家々の守り神の性格を持ったこれらの「物たち」の価値を保存してゆく責任が、私たちの肩にかかっています。
大地は、この地上の「物たち」は、私たちの内部で、目に見えないものとなる以外に、逃げ道を持っていません。私たちは私たちの本性の一部で、目に見えないものとつながっています。(少なくとも)目に見えないものにあずかっているという証書を持っています。そしてこの地上に存在している間に、目に見えないものの所有を増やすことが出来るのです。 ──
こういう私たち人間の内部においてのみ、「目に見えるもの」が、目に見えて掴めるということには、最早関係のない「目に見えないもの」に変わるという内密な、不断の変容が行われうるのです。
(下線Takeo)



リルケはしかし、目で見ることができ、手で掴むことのできる「物たち」への喪失に押し潰されることはなかった。
いったいわたしたちが「喪失した物たち」を内面に所有することに何の意味があるというのだろう?
わたしを取り巻く世界は、まさに「空虚な模造品」でしかない。そしてわたしはウロボロスの蛇のように、自分自身を飲み込んで、己の内面の世界に入ってゆくことはできないのだ。

わたしの内面に、記憶の裡に「それ」があったとして何になるのか?
「わたし」=Takeoという存在は、「五つの感覚の総和」に他ならない。


1958年、ウィスコンシン大学の心理学者ハリー・ハーロウは、今や伝説の(というより、悪名高い、と言うべきだろうか)実験を行った。彼はアカゲザルの赤ん坊を母親から引き離し、代わりに一体はワイヤー、もう一体は毛布で作られた、二体の代理母を与えた。どちらの「母親」に哺乳瓶をとりつけて、ミルクが飲めるようにしてあっても、 サルの赤ん坊は多くの時間を毛布でできたほうに抱きついて過ごし、驚いたり、気が動転した時にはそちらに飛びついた。ワイヤーでできた母親の方に行くのは哺乳瓶がついていた時だけ、それもミルクを飲んでいる間だけだった。
ハーロウは、触覚的な心地よさを奪われたサルが精神と情動の両面で、発達が大幅に遅れることを発見した。
ー『孤独の科学』ジョン・T・カシオポ、ウィリアム・パトリック共著 柴田裕之 訳 河出文庫(2018年)より



わたしは子ザルと同じかといわれば、そうだと答えるだろう。自己の内面に、見ることも、触れることもできずに「ある」(といわれる)「物」では不十分なのだ。

そしてわたしは現代人が、ワイヤーの「母親」にしがみついて、平気な顔をして、「情報」という「ミルク」を吸収している奇妙な、(或いは新たな)哺乳類に見える。

もし誰かが現代社会において、未だに孤独を感じているとしたら、それはまだ彼(ら)が、孤独を解消してくれるはずの機器を上手に使いこなせていない(乃至ワイヤーの代理母に完全に馴染んでいない)からに他ならない・・・




Il Trovatore Solitario (The Lonely Troubadour)  1970 Giorgio de Chirico (1888 - 1978)
- Color lithograph on Paper  -





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