わたしは気にしなかった。彼女が私をどのように罵ろうが、誰が私をどのように罵ろうが、知ったことではない。しかしこの部屋は私がこれからも住んでいかなければならない場所なのだ。私にとって我が家(ホーム)と呼べるものは他にはない。ここにあるものはすべて私のものだ。私と何かしらの関わりを持ち、何かしらの過去を持ち、家族の代わりをつとめるものたちだ。たいしたものはない。何冊かの本、写真、ラジオ、チェスの駒、古い手紙、その程度のものだ。とくに価値はない。でもそこにはわたしの思い出のすべてがしみ込んでいる。
ー レイモンド・チャンドラー『大いなる眠り』『フィリップ・マーロウの教える生き方』’Philip Marlowe's Guide To Life' マーティン・アッシャー編 村上春樹訳(2018年)より
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何冊かの本、懐かしい写真、古い手紙、昔よく聴いたレコード・・・そんなものがあればどこでも我が家になるのかもしれない。
「そこにはわたしの思い出のすべてがしみ込んでいる。」
人間は自分の過去と繋がっていなければ生きられない。仮に生きることが出来たとしてもそれは空疎なものだ。
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この Philip Marlowe's Guide To Life (2005) という本は、しばらく前からぼくの家の本棚に置いてあったのだが、まさかこんなささやかな、そしてきわめて趣味的な本が日本で翻訳出版されることになるとは思ってもみなかった。
村上春樹「訳者あとがき」
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