時代と喧嘩しながら生きるのは、一個の特権である。四六時中、自分は他の連中のようには考えていないのだ、という自覚がある。この鋭い違和感は、どんなに貧弱な、不毛なものに見えようとも、なおある哲学的な定款を持っており、時代の諸事情と狎れ合った思考には求めようもないものなのだ。
ー エミール・シオラン『生誕の災厄』より
キカイ・ヒロオの写真には抵抗しがたい強烈な詩情が溢れている。
現代の写真家の中で、彼ほど都市の生理を把握している人間を私は知らない。
人の手によって建設させた人工物でありながら、有機物のごとく生成し老熟する建築物。これら、キカイが撮影したトーキョーの姿は、社会学的な背景は語らずとも、彼の詩的感性を雄弁に物語っている。
あえて人間の姿を排除し、看板や洗濯物などの何気ない”モノ”を掬いとるという方法により、キカイの企みは鮮やかに強調されている。彼は、通行人や出来事をスナップするといった、よくある見え透いた技巧には関心を持たない。それよりも街角が持つ固有の”人格”に深い共感(シンパシー)を抱いているのだ。
だからこそ、この一連の写真を見る者には、街に運命的に縛られながらも、人生を気高くかつ深刻に甘受している人々の姿が見えてくる。
まだ現役のつもりでいたのに、高度成長だの列島改造だのという異人さんがどやどや押しかけてきて60年代以前の平べったい東京の主役だった町並みは真っ白な高層ビルに押しのけられ、見る影もなく追い詰められ押しつぶされされた。ここ30年間見なれた、というより見飽きた風景である。だが押しつぶされそうになりながらもまだなんとか生き残っている。地上げの毒牙をよくぞ逃れ、戦後戦争の小野田さん横井さんとして、高層ビルのジャングルに深く静かに潜行し、あっぱれ無降伏・無転向の成果を上げた。
ある時ふと、ポートレイトが、単にその場その時の人の表情を捉えるだけではなく来し方や価値観など、内面性や人柄をも写すことができるなら、同じことが風景写真でもできるのではないかという思いがよぎった。人が暮らしている町角や路地を撮って日々の暮らしから漏れ出す”匂い”を写すことができるのではないか。
フォン・ヤイゼル神父は私が日本に帰って数年後に亡くなったが、たとえば電車の窓から雑然とした町並みを眺めていて、よくひびく彼の声が東京の空にとどろきわたるような気のすることがある。こんな思想のない街に暮らしていたら、きみたちはこれっぽっちの人間になってしまうぞ。
In Powder and Crinoline, Fairy Tales Retold by Sir Arthur Quiller-Couch,1913, Kay Nielsen, (1886 - 1957) |
“Sir Olaf and the Underworld,” 1913, transparent and opaque watercolor, pen and brush and ink, gesso and metallic paint, over graphite.Kay Nielsen, (1886 - 1957) Via |
西行法師は歳老いてなお、去年に通って再び通る時の道知るべに枝を折っておいた道を通ることを止めて、新しい方角の花を見ようと言っています。
*吉野山去年(こぞ)の枝折(しを)りの道かへてまだ見ぬ方(かた)の花を訪ねむ。ー山家集ー
Federico Patellani, Acquapendente (Viterbo), 1945 Gelatin silver print, cm 31.1 x 45.8 on paper cm 40.3 x 50.1, |
The Barn, ca 1760, Hubert Robert. French (1733 - 1808) 「納屋」ユベール・ロベール(1733-1808) |
A Hermit Praying in the Ruins of a Roman Temple, ca 1760, Hubert Robert. French (1733 - 1808) 「ローマの廃墟で祈りを捧げる隠者」(1760年頃)ユベール・ロベール(1733-1808) |
Untitled, c.1970, Leon Levinstein. American (1910 - 1988) Gelatin silver print; printed c.1970 |
Sarah Williams. Balloon Derby II — oil on board |