2020年1月1日

追記


母が「疲労」から体調を崩すことが多くなった。
父は家族みんなに嫌われていたとはいえ、今は我が家の収入をすべて使ってケア・ハウスで悠々自適の生活をしている。
同じく八十代の母はいつまでわたしと弟の世話をし続けなければならないのか?
どちらかが倒れるまで?

「存在の維持」について考える、というのは、やはりわたしは(が)いなくなった方がいいのだという気持ちが強まって来ているということでもある。

「死」を、というよりも「死に至る過程」を怖れるけれど、時に、生きることの辛さが勝る時には、「今なら死ぬことができるかも」と思うことが増えてきた。

母のように、「死に場所」「死ぬ時期」を考えていたらとても無理そうだが、「勢いに任せて」ならなんとかなるかも、と。

生きていたって、いいことなんてなにもないし、息ができないくらい孤独だし、母の負担になるだけだし。死は、「正解」なのだけれど・・・





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