2020年1月19日

島 秋人、死刑囚と孤独死・・・


「孤独死」とは、果たして「誰にも看取られず」「誰も傍にいない場所で」死ぬことだろうか?
 
死刑囚(昭和42年に33歳で処刑)島 秋人の歌集『遺愛集』を読みながら、
真の孤独(死)とは、自然と(そして自己から)隔てられた状態での最期ではないかと思ふ。

彼は獄の中でこのような歌を遺している。(下線Takeo )




虫あはれいのちのかぎり鳴くさまを人は涼しきものとして聴く


いささかはさびしきことの生(あ)れ来れど晴れし秋空獄窓(まど)にたのしむ


ひげそらんと入りし室にほほづきのあからめるあり指に触れにき


手のひらのちいさき虫がくすぐりて死刑囚われに愛を悟(し)らしむ


昨日までなきゐし蝉の鳴かず暮れみじかきいのち終えたるらしき


やさしさのつきぬごとくに虫の鳴く獄(ひとや)に冴えてひとり愛(かな)しむ


明けやらぬ獄庭(には)に濡れつつ葉の影に藍の朝顔ひとつさきたり


雨の灯にかがやきゆるる獄庭の樹々は鮮かな若葉となれり




自然とのふれあいの許されぬ悲しさも詠まれている。


仲秋の月を見たくて獄窓の曇ガラス濡らし拭きたり


月させどわが窓はみな磨ガラス濡らして拭けば光りややます




彼の歌集を読んだ中で、わたしが一番好きな歌は、以前にも書いたが、


温もりの残れるセーターたたむ夜 ひと日のいのち双手(もろて)に愛(いと)しむ
 

 
 
 
 
 
 



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