2018年10月28日

I AM NOT ME?


今日は地元府中市の、「精神障害者を守る家族会」の会長と話をした。事務所兼相談室になっているマンションの1室で、約2時間半。差し向かいで話した。
府中の家族会の会長だけでなく、東京都の家族会の理事もやっている人だ。

結論から言うと、「負のアイデンティティ」に依存して生きているわたしの「自己否定」、即ち「今現在のわたし」を全否定された(苦笑)

わたしの主治医は、「あなたは一見非常に堂々としていて自信に満ち、知的で、どこに精神の欠陥があるのかと思わせるけれども、実は非常に傷つきやすい壊れ物のような内面を持っている。けれども、ちょっと話しただけでは、また1回や2回会って話したくらいではそれがなかなか見えない。それが却ってあなたにとって不利になっている」という判断をしている。

けれども、今日話した家族会会長は、「堂々として、自身に満ちて知的・・・それが正に真のあなたなんだ!あなたを目の前にして、あなたの姿を見、あなたの話し方を見て、話を聴き、笑う時などの表情を視ているとそれがよくわかる。ただ、これまでの人生で、つまりこの日本の社会でずっとあなたは否定され続けてきた。そしてついに自分で自分を否定するまでになったんだ」

確かにわたしは今日のようなことを過去何人かの人に言われたことがある。
作家の山田太一氏とは32歳の時から20年間文通を続け、3度、実際に会って話したが、或る時手紙の中で「私から見ると、あなたは同世代の男性よりも外見も知性もずっと上だと思うのに、何故そんなに自分を卑下するのか?」と言われた。

「活き活きと自殺を語るエネルギッシュなひきこもり」とある種の人たちには見えるようだ。
今日も会長の口からなんど(わたしから伝わってくる)「迫力」という言葉を聞いたか。

しかしわたしは昔から褒められることほど苦手なものはなく、またわたしを否定する言葉を素直に、何の抵抗もなく採り入れてきた。
それほど否定の言葉はすんなりと、油のように滑らかに、耳に、そして心に入ってきた。

昨日も書いたように、生涯もった唯一の親友も、6年目にわたしの元を去って行った。
そして、3年前。わたしが2008年のブログを自分で製本(出版ではない)して山田さんに送り、それを読んだ山田さんは、「あなたの考え方にはついてゆけない」と言ったではないか。「異質の他者を感じる」と・・・

わたしの好きな言葉がある

" Everyone is Normal Until You Know Them Well..."
「よく知るまでは誰もがマトモだ」

確かにわたしは「自己否定の塊」であるわたしを全否定したN会長のことばを全否定はしないし、出来ない。辺見庸も、「今の世界では、まともな人は皆とうに狂っている」と言っているし、「いのちの電話」で、今日の会長の発言に近い感想を何度聞いたかしれない。

活き活きと自殺を語り、胸を張って堂々と自己否定するわたしを怪訝そうに眺めた人を何人も知っている。

今日のN会長の言葉で肯けるのは、政治はもとより、教育の面においても、医療や福祉、そして民度の点でも日本は3流国であるということ、そして、もしこの国に生きていなければ、あなたはもっと活き活きと自分らしく胸を張って生きていただろうという言葉にも同感だ。
実際に英語で話していると、普段の自分ではない自分が浮かび上がってくる。自信と自己肯定感が自然と体を巡り始めるのを感じる。ところが母国語で話したり書いたりすると、途端に「卑屈」な自分が頭をもたげてくる。

N会長は、今目の前にいる、ありのままのわたしを認めてはくれなかった。「これはほんとうのあなたではない」と。いや、違う。「今私の目の前にいるあなたこそが本当のあなたであって、日頃常に自分を否定するあなたは真のあなたではない」と言ったのだ・・・

親友と山田太一さんは最後の最後で遂にわたしの本質を見抜いた。そして去って行った。
次はN会長がわたしに失望する番なのだろうか。これほどまでに人生経験が豊富で、精神・知的障害者、健常者、医師、福祉関係者、宗教関係者など、普通の人の何倍もの様々な特性や境遇、肩書を持った人たちを見てきた人でさえ容易に見抜けないわたしとは何者か?主治医に「長いこと精神科医をやって来て、あなたのような人は見た(診た)ことがない」と言わしめたわたしとは・・・

小学校卒業の時、音楽の女性の先生に、少し心配そうに言われたことを憶えている。
「あなたは誤解されやすい人だから・・・」

ワ タ シ ハ  ナ ニ モ ノ カ・・・?









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