2018年11月3日

断想


おい、俺は骨をごりごりこすりつけるようにして話したいんだよ。俺は汚い肝をでろんでろん絡ませるようにして語りたいんだよ。首から上でへらへら話すんじゃないんだよ。
ー 辺見庸「語ること」

約1年ぶりにフェイスブックに戻って2週間ほどいただろうか。
今のわたしは、もう「ソーシャル・ネットワーク・サービス」とやらで発せられ、交わされる言葉の、風に舞うポリ袋のような軽さ、その人間同士の関係性のあまりの希薄さに堪えられるほど頑丈でも鈍感でもなくなっている。
「首から上で」どころか「口先舌先でべらべらしゃべってるんじゃねえよ!」という苛立ちが強い。「帰るところにあるまじや・・・」



それにしても、わたしはほんとうに誰とも似ていない。人間にも似ていない。
健常者はもちろん、精神障害者とすら似ていない。
と言いながら、最近は逆に、他の人たちは皆どうして左程違わないのだろうという疑問が強まってきた。

昨日、6階建ての精神科単科の病院、文字通り「精神病院」のデイケアのプログラムに体験参加した。「みんなの悩み事相談」ということで、約1時間ほどの時間で、参加者2名の「悩み事」について皆で話し合う。相談の2人目がなかなか現れなかったので、わたしが「他に誰もいないのなら・・・」と、名乗りを上げた。
わたしの相談=「悩み」は「人と繋がれないこと」。
ここのところ、耳の聞こえが悪く、壁際に置かれたホワイトボードを中心に半円形に座った人たちの発言のほとんどを聴きとることができなかったが、わたしは彼らの中にいて、何故か安心していた。その理由はおそらく彼ら、彼女たちが、みな「弱い」からだと思う。「弱いこと」は明らかに「強いこと」よりも上等である。人は強いよりも弱い方がいいに決まっている。「弱さ」とは「柔和さ」である。
30代くらいの男性の参加者から、「あなたの歯切れのいい話し方、声の大きさなどに威圧感を感じる」というようなことを言われ、先日「精神障害者家族会」の会長に何度も言われた、わたしの話し方の「迫力」ということを思い出し、顔の赤らむ思いだった。
強いことは恥ずかしいことだ。品のないことだ。

必ずしも「似ている」必要はないのかもしれない。「弱い人」の傍にいて、安心していられるのなら。



明日11月3日は「文化の日」、かつての高倉健のように、仲代達也のように、山田洋次のように、今年はどこのバカが安倍晋三に最敬礼して勲章を押し頂くのだろう。
名誉とか成功とか、そういった俗で下品なものと一切縁のない人たちこそ真に愛すべき存在だ。少なくとも彼らは、権力に、権力者に、愛されてはいない。
愛され、好かれてはならない者たちに愛されてはいないから。
勲章を貰いながら「戦争反対」なんていっちゃいけないよ。仲代さん。山田さん。
健さん、あなたに憧れる人は多いけど、わたしは駄目だ。
わたしは「強い者」に媚びへつらうものが嫌いだ。また仮に向こうが言葉巧みに媚びへつらって来たら、一言「いえ、不器用ですから・・・」といって、賑やかで晴れがましい場所には出て行かない。そういう寡黙な一匹狼、日蔭者が好きだから。



20代の頃だっただろうか、イヴ・モンタンのコンサートの模様をカセットテープに録音してよく聴いていた。
中でも「ベラ・チャオ」という歌が好きだった。ノリが良かった。モンタンの歌いっぷりもよかった。
今、辺見庸のブログを読んでいたら、偶然この歌について触れていた箇所があった。

・コビトがよそゆきのかっこうをしてきた。銀色のドレスで。これからイタリア語のスピーチ発表会でおおぜいのコビトたちのまえでイタリア語を話すのだという。伊大使館後援とか。唖者がどうやって、と訊きかけたが、コビトについてはなにからなにまでウソと謎だらけなので問わずじまい。コビト、イタリア語のスピーチ草稿と楽譜をもっていた。みんなでうたうのだという。Bella Ciaoを。Una mattina mi son svegliato O bella ciao, bella ciao, bella ciao ciao ciao Una mattina mi son svegliato Eo ho trovato l'invasor O partigiano porta mi via O bella ciao, bella ciao, bella ciao ciao ciao……と、コビトが念波でうたう。ああ、そうか、第2次大戦のイタリア・パルチザンの歌だ。ニッポンではそのむかし、「さらば恋人よ」というタイトルで、よく歌声喫茶や民青の集会などでうたわれていたな。わたしはうたわなかった。すきではなかった。わたしはよく「ワルシャワ労働歌」をうたった。でも、なぜだか、Bella Ciaoの日本語の歌詞はだいたいおぼえている。〈ある朝目ざめて さらばさらば恋人よ 目ざめてわれは見る 攻めいる敵を……われをもつれゆけ さらばさらば恋人よ つれゆけパルチザンよ やがて死す身を……いくさに果てなば さらばさらば恋人よ いくさに果てなば 山に埋めてよ……埋めてやかの山に さらばさらば恋人よ 埋めてやかの山に 花咲く下に……道ゆく人びと さらばさらば恋人よ 道ゆく人びと その花めでん〉。いまおもえば、相当の歌詞ではないか。イヴ・モンタンのBella Ciaoはかっこうよかったよ。中国でも70年代にBella Ciaoを聞いたことがある。北朝鮮でも聞いたな。最近の香港でもデモ隊にうたわれたらしいね。コビトが問う。日本には日本のパルチザンの歌がないの?ない、と言下にわたし。パルチザンがなかったから、パルチザンの歌もない。どうしてパルチザンがなかったの?戦争に反対しなかったの?コビトは知っていて意地わるく訊く。「海行かば」がだいすきだからさ。おおきみのへがすきだからさ。わたしは胸のとおくに聞く。海ゆかば 水漬くかばね 山ゆかば 草生すかばね 大君の 辺にこそ死なめ かへりみはせじ(長閑には死なじ)……。ああ、なんという歌であろうか。かばねとは「屍」だ。気をつけ!バカヤロウ。もとい。満目累々と屍なのだ。恋人だのヘチマだのと言うな、バカヤロウ。いいか、大君の辺にこそ死なめ、だ。気をつけえ!右むけ右い!いいか、かへりみはせじ、だ。バカヤロウ。のどかには死なじ、だ。それだけ。理屈もヘチマもない。文句あっか。コビト笑う。犬の背にのって、しゃなりしゃなりとでかけた。O bella ciao, balla ciao, bella ciao ciao ciaoと、うたいながら。〔2014.11.8〕 
(下線Takeo) 



わたしが聴いていたライブ・ヴァージョンはもっとアップテンポで、もちろん観客も一緒になって唄っていた。

しかし「ベラ・チャオ」がパルチザンの歌とは知らなかった。
そしてイタリアは先の大戦で日独伊3国同盟を結んだ、いわば同じファシズムの国ではなかったか。

いずれにしても「ブンカジン」とやらが権力者にぬかづいて勲章をもらって尻尾を振る日にはもってこいの歌じゃないか。パルチザンやレジスタンスの敵は他国人ではなく、母国のファシストたち。権力とそれにまつろう者たち・・・即ち祖国そのものだったのだから。
























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