2019年11月2日

断想


主治医(精神科医)を替える必要がありそうだ。今の医者では埒が明かないということではない。物理的に、もうわたしがクリニックまで通えなくなっているからだ。
ここから最寄り駅まで歩いて約15分、電車で二駅、そこからまた徒歩10分ほどの距離が通えない。

それにわたしは「良くなる」「元気になる」「改善される」ということを望んでいない。
とうよりも、わたしにとって、今の時代「良くなる」「健康になる」という意味がわからない。親切で患者の話を聞いてくれる稀なドクターではあるが、患者本人が通えずに、母に薬を取りに行ってもらうことが増えている。これでは医者も困るだろう。

「良くなる」ということを目指していない以上・・・というよりも、「良くなりようがない」以上、通える範囲で、そこそこ人当たりのいい医者であれば構わないと思っている。




木村敏がまだ臨床医だったころ、彼の看ていた分裂病の患者が、「自分が他の人たちと同じ人間であるという実感がない」と言った。わたしもまったく同じ感覚を抱いている。

同じように、わたしはスマホを持っている人間が、自分と同じ人間であるとはどうしても思えない。もちろん「同じ人間」である必要はどこにもないのだが。しかしだとすれば、上述の患者や、「わたし」は一体「何モノか?」

「彼らが人間であるなら、わたしは人間ではない」
「わたしが人間であるなら、彼らは人間ではない」

とはいえ、わたしは別に自分が「人間」でなければならないとは少しも感じてはいないが・・・








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