2019年11月17日

生きるための条件


The paintings above is by the Swedish painter Carl Larsson (1854-1919)


「生きる」ということ、「生き続けられるものなら生き続けたい」という気持ちが、既に「あたりまえ」の感情ではなくなっているわたしにとって、「生きること」は「死ぬこと」と同様に「選択の問題」だ。とはいえ、誰が生きること、死ぬことを、安易に「選択」し、「実行」できるだろう。


Why is Life Worth Living? 

ウディー・アレンは映画『マンハッタン』のラスト近くで、「人生は生きるに価するか?」と自問し、自分にとって価値のあるものを挙げてゆく。

グルーチョ・マルクス、ウィリー・メイズ、モーツァルト『ジュピター交響曲第2楽章』、
ルイ・アームストロングの「ポテトヘッド・ブルース」、スウェーデン映画(彼はベルイマンの大ファンだ)、フローベールの『感情教育』、マーロン・ブランドー、フランク・シナトラ、セザンヌの傑作「リンゴとナシ」、サンド・ウォールズ(?)のクラブサンド・・・トレイシー(別れた恋人)の貌・・・

このくらいのリストなら、死にぞこないのわたしにだって、挙げられる。
しかし人は芸術や文学だけでは生きていくことはできない。

"ALL YOU NEED IS LOVE! "
あたりまえだ。

しかしこの街に愛はあるか?
また、わたしは愛される資格があるか?

そして最大の問題は、わたしが「今の時代」を愛せないということだ。

"To Love and To Be Loved". それが忌まわしき現代に拮抗し得るのか?それをもう一度確かめてみなければならないだろう。
そしてなによりも、もう一度繰り返さなければならないのは、わたしは愛され得るか?という問いだ。


ー追記ー

ウディー・アレンのようなリストをいくら並べても愛が無ければ人は生きてゆけない。
けれども、そのリストは、少なくとも、崖から飛び降りようとするひとの足枷くらいにはなり得るだろう・・・
















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