2021年5月26日

ひとを幸福にさせない「日本」というシステム

 
ある本を読んでいて、一見どうということのないトートロジー(同語反復)にいたく感じ入った。「あなたがたがダメなのは、ほかでもなく、あなたがたがダメだからだ」。
簡明といえば簡明。しかし生きる出口を封じる極めて残忍な、今日的ロジックである。あなたがたの貧困は政治や社会ではなく、あなたがたの「無能」にげんいんがある、と同義の、これこそいわゆる新自由主義の論法だ。それがいま、「自己責任」論とともに、世界に蔓延している。
新自由主義とか歴史修正主義とかいえば批判が足りるとおもうのは大きなまちがいだ。わたしたちはここにきてにんげん圧殺の怒濤のような流れに直面しているのであり、極論するならば、各種ヘイト・クライムにたいしてもあまりにも無抵抗である。ヘイト・クライムはげんざい、人種・民族差別を超え、生活保護受給者や申請者ら貧者や社会的弱者を「怠け者の常習的たかり屋」などと決めつけて排斥する流れにもなっている。

なつかしくおもいだす。英国の全労働者は自分たちを組織的に搾取している富者にたいし、「深いうらみ」をいだいており「このうらみはあまり遠からずして ── ほとんど計算しうる時期に ── 革命となって、それに比べれば第一次フランス革命と1794年(「テルミドールの反乱」)も稚戯に類するであろうような革命となって、爆発するのである」と、エンゲルスが予言した(『イギリスにおける労働者の状態』)のはむかしもむかし、1845年のことだった。エンゲルスはマンチェスターの工場で労働をし、資本家による過酷な労働者搾取を身をもって経験したのだった。だが、エンゲルスのいうような革命は起きなかった。革命いまだし・・・・というべきかどうか、わからない。

経済的・政治的に対立する階級間の争いを階級闘争といい、往時はもっぱら搾取される労働者が資本家側にしかける争議をさしたものだが、げんざいは「上からの階級闘争」が主流になっているという見方もある。富者が貧者に攻勢をかけ、いよいよ崖っぷちまで追いつめているというのだ。富者=善。貧者=悪「あなたがダメなのは、ほかでもなくあなたがダメだからだ」という理屈によって。

ー辺見庸『コロナ時代のパンセ』(2021年)
(下線、引用者)

◇ 

あるブログの筆者及びその取り巻きが、わたしの社会批判に対して常に用いていたフレーズがある。
「自分を常に弱者の立場に置いておきたいのだ」「自分は常に被害者でいたいのだ」
更に「自分の不幸を社会のせい・政治のせいにするような人間にはなりたくないね」

この論法を聴くたびに、怒りや悲しみといった感情以前に、わたしには彼らのロジックがさっぱり理解できなかった。彼らの論理によれば、世の中で弱者と言われる人、被害者と呼ばれる人、いじめやパワハラに苦しめられている人、それでも訴訟を起こす財力も気力もなく、ただひたすらうづくまって生きている「虐げられし者達」は、誰もが、自分を「被害者の立場に置いておきたい人」「弱者の位置に居座りたい人」たちばかりだと言うことになりはしないか。彼らは言うだろう「自分を見つめず、社会や政治が悪いと言っているほうが楽だからな」「自分には非はないと思えるし」

わたしはこういう考えを持つ人間が心底恐ろしくなり、同時に強い憎しみをおぼえるようになった。

彼らが言っているのは、結局、「社会」「政治」は常に正しいということに他ならない。

そしてエンゲルスも御多分に漏れず、その道理がわからない愚か者であった。


サム・クックにA Change is gonna come という歌がある。「変化はもうすぐやってくる」
キング牧師たちの公民権運動に連動した名曲である。
以前You Tubeでこの歌を聴いていたら、A change is YET gonna comeと書かれたコメントが目についた、上の辺見の言葉を借りれば「改革(=「自由」「平等」「博愛」いまだし」という感じだろうか。

わたしが心を病んだ人たち、或いは引きこもりと呼ばれる人たちのブログを読んで屡々思うのは、彼ら自身の中に、「あなたがダメなのは、ほかでもなくあなたがダメだからだ」という、為政者にとって極めて都合のいい論理が知らず知らずのうちに内面化されているのではないかということだ。もしわたしの推測が左程大きな誤りでないとしたら、彼ら/彼女らにそのように思わせているのは何(誰)なのか?

階級闘争に関していえば、最近はエンゲルスがいうように、自分たちを非・人間的な搾取の対象としてしか見做していない経営者たちへの憎悪が人民を蜂起させるのではなく、また政府が生活保護費を引き下げ、逆に介護保険料を引き上げ、社会的に弱い者を徹底的にいためつけるというだけにとどまらず、アフロ・アメリカンたちに見られるような、或いはヨーロッパ各国で見られるような横のつながり=連帯がなく、ワーキング・プアが生活保護受給者の受給額の引き下げは当然と考える向きもあるようで、そのようなことを聞くたびに暗澹とした気分になる。健康で強い者であれ、社会的弱者であれ、ひとりひとりが孤立していたのでは無力だが、連帯することによってはじめて力を持つことが出来るということを我々はまだ知らないし、それを教えてくれるリーダーも存在しない。


尚、今回のタイトルに使った「人を幸せにさせない日本というシステム」というのは、

元「南ドイツ新聞特派員」カレル・ヴァン・ヴォルフレンの著書
『人間を幸福にしない日本というシステム』(1994年)の書名をもじったものです。
「幸福にしない」を敢えて「幸福にさせない」と変えてみました。
カレル・ヴァン・ヴォルフレンは『民は愚かに保て』というタイトルの本も出しています。











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