2019年10月9日

宙吊り状態


自分の心に向き合って、「生きたい」「良くなりたい」「外に出られるようになりたい」という気持ちが全く、本当にまったくないと言い切れるのか?と問われれば、「ない」と言い切ることができる。では何故今こうして生きているのかと更に訊かれれば、
「楽に死ねないから」と答えるしかない。
だからわたしは、楽に死ねないにもかかわらず、死を選んだ人に対し恥かしいと思うのだ。

母に「生きるのがこれだけ大変なのに、何でみんな生きてるんだろうね?」と尋ねたら
「死ぬのが同じくらい大変だからでしょう」



先に底彦さんが、『八本脚の蝶』の中で好きな箇所を教えてくれた。

わたしがもっとも強く印象に残っているのは、そして200%共感するのはこの部分だ。



…私が黒百合姉妹を知ったのは16歳の頃だ。
その頃私は生きているのがおそろしかった。
そして決心した。私は決して子供を産まない。
私が耐えかねている「生」を他の誰かに与えることなど決してしない。
私は高校生で未成年で被保護者だから今はしないけれど、大人になって自分で生計を立てるようになったら、卵管圧挫結紮手術を受けよう。
避妊だとか、ましてや掻爬といった場当たり的な手段では足りない。私が生を与える可能性を完全に消し去ろう。
私は、産む機能を持たない身体を得ようと思った。
このおそろしさは、私で終わりにする。
卵管圧挫結紮手術を受け、妊娠が不可能な身体になった後、私が考えを変えて子供をほしがることがあるかもしれない。今の気持ちは変わらないなどと思い上がりはしない。私は自分がどれほど変わりやすく、忘れやすい人間かを知っている。
だからこそだ。私は取り返しのつかない改変を自分の身体に加えようと思った。子供をほしがる未来の私を私は決して許さない。未来の私が今の私を裏切ろうとするのならば、思い知るがいい、私は決してあなたを許さない。
子供をほしがる未来の私よ、あなたは忘れたのか。
この世界がどれほどおそろしかったのかを忘れたのか。
このおそろしさをあなたの子に味わせようというのか。
あなたは悔やむだろう。今の私を恨むだろう。これほど大きな不可逆的な決定が既に下されていることに苦しむだろう。
苦しめばいい。この恐怖を味わう可能性を産み出そうとする私など苦しみ嘆けばいい。
子供を産もうとする私よ、あなたはあらかじめ罰されている。
2002年11月2日(土)


ー追記ー


母はこの二階堂の文章にひとこと、「賢明だね」

しかしわたしは母に出逢えたことを感謝している。そして母の命が尽きる時に、この世を去ろうと決めている。今その約束を悪魔と交わしてもいい・・・

「今の気持ちは変わらないなどと思い上がりはしない。私は自分がどれほど変わりやすく、忘れやすい人間かを知っている。」
と二階堂は書いているが、これだけは、絶対に変わることはない。その「何故」を口で説明できるほど軽いものではない。


























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