2019年4月11日

ふたつさんへ


ふたつさん

「そして誰もいなくなった」に頂いたコメント、素晴らしいと思います。
とてもここでちょこちょこっと返答できるものではありませんので、少し時間を下さい。
というよりも、今更あのコメントにわたしが付け加えることは何もない、わたしの気持ちを代わりに言ってくれたとさえ思っています。

何故ここにわざわざこのようなことを書いたのか、それは他の人にも是非読んでもらいたいからです。
書きたいことがうまく書けない今のわたしに代わって、素晴らしい文章を書いていただきました。

先程、デイケアから帰ってきました。ごく近くとは言え、強風の中の久しぶりの外出、
人との会話で疲れています。
先日も書きましたが、帰り、6階(最上階)のデイケアルームからエレベーターに乗りました。そして奥の鏡の中には先日と同じように、太って、死んだ魚のようなどろりとした目をした、鈍そうな醜い中年の男がいました。

そしてその男を見て、そのいやな感じの男の姿を見て、人から好かれないと嘆くことの馬鹿馬鹿しさを痛感したのです。




2019年4月10日

おちんちんが悲しい…


前から時々目にしていた写真。お坊さんかな、と思っていた。
Tumblr に投稿する写真を探して、ある写真家のエキシビションページを眺めていて、この写真にぶつかった。もともと、どちらかというと、シュールレアリズム系の写真家だと思っていた。
写真のキャプションには

Josef Breitenbach, Korean War Orphan, 1953
と記されていた。
「ヨセフ・ブライテンバッハ 朝鮮戦争の孤児 1953年 」と。

顔は見えないけど、まだ幼い子供なんだろう。おちんちんが悲しい




どうして・・・なぜ・・・

この写真を撮った写真家の気持ちはどうだったのだろう。

「絵になる悲劇」を写すということは、果たして何を意味するのだろう?この写真を視て、一人でも多くの人が、戦争は比較を超えた絶対悪だということを知ってほしい。

「悲しみはうつくしい」「誰もがハッピーであるような世の中には生きられない」とわたしは言った。けれどもこのような世界にも、また生きたくはない。

わたしはほんとうに狂ってきているのだろうか。世界があまりにも悲しすぎるから?
それとも「わたしが」あまりに悲しいから?






2019年4月9日

Ken White / ケン・ホワイト 


Cut Trees

伐られた樹々 寂寞荒涼とした街 そして私・・・何処へ・・・









そして誰もいなくなった


● 2月の投稿『二枚の画』のコメントで、Sさんから、最近のわたしの文章の乱調を指摘された。
このような率直な意見感想はとてもうれしい。
Sさんはしきりに恐縮していたようだが、わたしは感謝している。

最近は毎日まるで縋るように、『マタイ受難曲』のハイライトや、死者を弔うミサ曲など、ルネサンスからバロック期に、主に教会で歌われ、演奏されるために作られた曲(歌)ばかり聴いている。
わたしの代わりに泣いてくれているような気がする。


● これまでこのブログでは、なんら糊塗することなく自分の気持ちを綴ってきた。そのことに後悔はないし、これからも書き続けられる限りは、「自分のために」書くつもりだが、一方で、「いったい自分はどこまで人と違うんだ」という、ある種の怖れ(畏れ?)のような感情も生じつつある。

ひとつ記事を書くたびに、新しいブログで一枚の画を投稿するたびに、今度こそ嫌われたのではないか?と、不安に怯えている。
これほど人を怖れず、またこれほどひとに嫌われることを怖れる人間もいないのではないだろうか。
しかしそんな不安自体に、嫌われることを怖れること自体に疲れてきた。


● 石原吉郎の本を読んで以降、「生き残る」ということに関心を持つようになった。
強制収容所から生還したことに、石原も、またプリーモも、まったく喜んでもいないし、うれしく思ってもいない。「死ななければならなかった」場所から生き延びたというのに。そしてプリーモは老年になってから自宅のアパートの階段から下のホールに飛び降りて自殺し、石原も、次第に酒に溺れるようになり、いわば緩慢な自殺のような形で生き延びた生命を閉じた。
死地からの生還は彼らにとってどのような意味を持っていたのだろう。
彼らにとって「その後の生」とはいったい何だったのか?

そしてわたしの「その後の生」とは?



 

2019年4月6日

「丁寧に生きる」とは


先日の投稿「無題」に、久しぶりの人からコメントをもらった。
イタリアに留学中の女性で、このブログの右側、プロフィールの下に書かれているふたつのブログで、最初のブログの終わりの頃から、そして引き続き、この前のブログに頻繁にコメントを寄せてくれていた。

昨年8月にちょっとした行き違いがあり、わたしはその彼女、Jさんのブログから遠ざかっていた。そして久しぶりの再会が一昨日のコメントだが、そこには昨年の10月にブログを閉鎖しました。と書かれていた。

コメントの最後の方に、以下のようなことが書かれている。Jさんに断りなく引用するが、決して彼女の揚げ足を取るつもりはなく、その言葉を読んだときに感じた印象を書いておきたい。Jさん、気分を害されたら深くお詫びします。

「正直言って私もこの世界に生きていることに飽き飽きしています。死ぬ気はないので、最後の1日まで丁寧に生き切るつもりでがおりますが、大半の人が少しでもこの世に長くいようとしがみついてるのとは、正反対で、私はいつその日が来るか、楽しみにしているくらいです。」

わたしが疑問に思うのは、これはJさんの言葉に対してではなく、一般論としての話だが、生きることに、また自分を取り巻いている世界(社会)、そして人間という存在に「絶望」しながらも、なお「日々を丁寧に生きる」ということが可能なのだろうか、ということだ。

もちろん刑務所の中に居ても、嫌な言葉だが、「確定死刑囚」という身分であっても、その閉ざされた空間と限られた時間の中で、繊細に生きている人は少なくないだろう。
しかし、ではそのような状況で、「丁寧に生きている」とは具体的にはどういうことだろう?わたしにはそもそも「丁寧に生きる」という意味がよくわからない。

わたしは今の世界の在り方に、この国の姿に、この国の人たちの根本的な心性に、「穢土」を見ている。 そして「絶望」する。その「絶望」は事毎に更新される・・・
人は果たして絶望しながら日々を丁寧に生きるということができるのだろうか。

Jさんとは正反対に、わたしは文字通り、「自堕落」を絵にかいたような毎日を送っている。本音を言えば、朝な夕なに酒色に溺れたいところだが、残念ながらその器量甲斐性がない。
「丁寧に生きる」などということは端から考えたこともない。

丁寧に生きるというのは、規則正しい生活をしたり、部屋の掃除をきちんとしたり、
たとえば聖書や仏典を読み、難解な映画を観、しばしば美術館に足を運ぶことではないだろう。

しかし仮にそれが、日常の些細なことに心を寄り添わせること、一輪の名前も知らない花の佇まいに心を通わせることだとしたら、わたしはそもそも、木々のさざめきや、片隅に咲いている花と通じ合えるような状態の心を持たない。

最晩年のプルーストが、コルク貼りの部屋の中で過ごしたように、「外界」に感覚を開放するということができないのだ。

木を殺す田夫たちの姿を見まいとし、まったく無造作に太い枝を、幹を切り落とし、まるでゴミででもあるかのように落ち葉を吹き飛ばすあの忌まわしい音を遮断しながら、同時に道端に咲く花に目を留める、ということは、不可能なのだ。

以前、アマゾンのレヴュアーで、なかなかセンスのいい数名の人たちのレヴューを読んでいた時期があった。その中のひとりが、『何故プラスチックの街路樹ではいけないのか?』という本の紹介をしていた。アマゾンのレヴューも御多分に漏れず仕様が変わり、すっかり読みにくくなって、もう読むことも書くこともしなくなったが、この本は確かカリフォルニアで実際にあった議論に基づいて書かれていると記憶している。

この本がどうであれ、実際にこれほど育っては伐り倒し、樹木に剪定は必要とは言え、かえって見苦しい姿にするだけの田夫たちのやり方であるならば、いっそ街路樹はプラスチックであってもかまわないのではないかとさえ思う。今は「造花」も本物と区別がつかないほどだという、であれば、見ただけでは本物と見紛うほどのプラスチックの木だって作れないことはないだろう。

Jさんは「絶望」という言葉を使ってはいないし、わたしほどおかしくなってはいないだろう。けれども、「じんせい百年!」と大旗がはためき「枯れるもの、朽ちるもの、萎れるもの、病むもの、壊れるもの」を忌避するこの時代に、なお「日々を丁寧に生きる」とはどういうことだろうか。

わたしにとって、「日々を丁寧に生きる」というのは、自分の美意識に沿った生き方ができるということに他ならない。例えば喫茶店でちょっと本を読みたいと思う。
けれども、きょうび、外観から内装、小物、そして目に見えない「雰囲気」まで「丁寧」に作られた喫茶店がどれほどあるだろう。食べ物、着る物、身に付ける物で、ほんとうに丁寧に造り込まれたものは「ブランド品」と呼ばれている。
男性用の下着にしても、今ではブリーフと言えば「セミビキニ」がほとんどだ(苦笑)
タオルシーツが売っていない。そもそも最近は「シーツ」を使う人がいないという。だから製造されていない。ないない尽くしの世の中・・・

「雑」に出来上がった世の中にあって「丁寧に」日々を生きるとはどういうことか、どうすればいいのか・・・


繰り返しますがこれはJさんの一言に対する反論ではなく、彼女がふと漏らした言葉からわたしが深く考えさせられたことを浅く書き記したものです。

Jさんには重ねてお詫びします。




2019年4月4日

無題


腰の痛みのため、かかりつけの内科を受診した。わたしの説明を聞くと、内臓に持病があることをよく知っていながら、検査をしてみようともせず、言下に、それは整形外科の領域だという。とりあえず、体を動かすことがないために血流が悪くなっていて、それが痛みの原因かもしれないので、血のめぐりをよくする薬を出しておく、これで治らなければ、整形外科に相談してください、と。

それにしても、たまには外に出る、電車に乗ってみるのもいいかもしれない。(内科は自転車で行くのだが)
外に出ると、ほんとうに心の底から寒々とした気持ちになる。当たり前のように平気で「散歩」や「ドライブ」などができる人は、いったいどういう人なのだろう?
外に出て、スマホバカや歩きたばこバカを目にすると、自然と「生への執着」が薄れてゆく。これは望ましいことだ。「絶望」・・・即ち「外界」にはなにもないという気分は、自死への恐怖を和らげてくれる。
死ぬのが怖くなったら、とりあえず外に出て、電車に乗ってみることだ。


◇


明日父が入院する。
正直ホッとしている。心臓に疾患があるため、手術には危険が伴うという。
父が死んだら悲しいだろうか?正直見当がつかない。

親が入院して危険な手術をするのに、「ホッとしている自分」が別段嫌いではない。
そう思ってしまうのだから仕方がない。
わたしには働いて収入を得るという能力が無いので、そんなことはそもそも有り得ないのだが、仮にわたしが家庭を持つようなことがあれば、伴侶や子供から同じように思われるであろうことは火を見るよりも明らかだ。
つまり立場が入れ替わればまったく何も違わないということ・・・誰からも嫌われる者同士。お互いさまなのだ。

結局父も、母も、ある程度の年齢になったら結婚するもの、結婚したら子供を持つものという何やら馬鹿馬鹿しくも不合理な因習があった時代の犠牲者なのだろうと思う。
その結果こんな箸にも棒にもかからないような者が生まれてきたのだ。

・・・わたしには、当たり前に散歩ができる人の気持ちが分からないし、今の時代にこの国で、結婚したり子供を持とうという人の気持ちがまったく理解できない。

仮に両親がどんなに、どんなにその子を愛していて、命がけで愛していても、子供は社会に殺される。親は全身全霊を賭けても子供を守ることは極めて難しい。
社会に殺されることなく、今のこの国この時代を、そこそこうまく泳いでゆけるような子供を、わたしは愛することはできないだろう。そしてまた、生きることに悪戦し苦闘している子供であれば、わたしは「親になった罪」を生涯後悔するだろう。

わたしは両親を恨んではいない。両親もまた時代の犠牲者であるのだから。
そしてわたしは、まだ人間が人間らしく生きていた最後の最後の時代を見ることができたから。


ー追記ー

内科の待合室と薬局でテレビがかかっていた。画面の中で絵が動き、人の話し声がいやでも耳に入ってくるのでとても疲れる。
しかし上にも書いたが、最近は、「ああイヤダ」という場面に出くわすと、「しめしめ」という気持ちもまた、同時に生まれてくる。








2019年4月1日

死を前に書くということⅡ


最後の最後を間近に、無理をして人に、誰でもいい、誰かに好かれるよりも、この世界の誰一人わたしを好きになれなくとも、「わたし」でありたい。そうすることによって自分がすきになるということとは別で、わたし自身もやはり、最後まで自分を好きになれないだろう。

このブログには、ほぼ、ありのままの自分・・・つまり相当に反・社会的な部分や、厭世観、厭人観など、包み隠さず出していると思う。それでも「わたし」というものの8割程度は表出されているかというと疑問だ。
ただ、わたしにはこのようにしか書けない。

最近始めた「エロ・グロ」ブログに関しては、正直まだまだという感じ。バイロスなどは、いわば「綺麗なエロティシズム」で、女性が見てもそれほど嫌悪感を持たれないだろう。

わたしの知る限り、相当「エロ・グロ」度が高いのは、ベルメールのドローイング、版画、ベルギーのフェリシアン・ロップス、以前ここにも書いたが、70代で自殺したピエール・モリニエ。モリニエはそれほどでもないが、ベルメール、ロップスは好きだ。
バイロスや、少しユーモラスなところもあるオーストラリアのノーマン・リンゼイなどに比べて、ロップスやモリニエには、露骨に顔をしかめる女性がほとんどだろう。

そういう部分がまだまだ出し切れていないもどかしさを感じる。「綺麗なもの」が嫌いなわけではないので、その点でもジレンマを感じている。
先日も書いたが、「性」(「エロス」ではなく「エロ」)と「死」、「醜」と「狂気」を孕んだ「美」・・・まだまだだ。こちらのブログに関しては未だ「上澄みだけ」という感じが否めない。

◇

・・・なにもわざわざ人に嫌われたいのではない。ただ、わたしはわたしを知ってもらいたい。そして過去の経験から、深く知れば知るほど、人は離れて行く。

たとえば、駅へ向かう道を歩いているAさん、会社員の45歳のBさん。街中の任意の誰某・・・彼らが己のほんとうの内面をあからさまに表現したら、やはりわたしのように誰からも嫌われるのだろうか?
人は誰も「本当の自分」を隠すことによって、なんとか他者と、社会と繋がることができているのだろうか・・・

或いは多くの人は、わたしほど内面に変態性や狂気を孕んではいないから、手袋や靴下をくるりと裏返すように、内面がそっくり外面になっても、なにほども変わらないのだろうか?

◇

・・・ここのところ腰が痛かったのだが、今日は動くことも困難だ。
「腰が痛い」といっても、実際には「腰」ではなく、内臓からくる痛みだ。

父は今月、5~6時間の大腸の手術をするが、わたしは、入院も手術も御免だ。
入院して手術しなきゃ確実に死ぬよと言われても嫌だ。仮にそれが「盲腸」であっても。
そもそもわたしは病院で正気でいられるとは思えない。
わたしは病院に入り病院で死ぬことが何よりも一番怖い。独りぼっちで誰にも気づかれずに死んで、腐乱臭が辺りに漂ってから、半ば腐った状態で発見される方が遥かに好ましい(望ましい)し、できるならわたしはそちらを選びたい。

死ぬことは怖くはない。(と思う・・・)死に至るまでが怖いのだ。
今目の前で、額に銃を突きつけられてもそれほど怖くはないだろう。一瞬のうちに頭が吹っ飛ぶだけなのだから。