2018年9月26日

再び 心を病むとはどういうことか?


昨今のわたしの心を占めているのは、「心を病む」とは、そして「健康である」とはどういうことか?依然としてこの答えは見つからない。

木村敏でもいい。中井久夫でもいい。或いは市井の無名の知恵者でもいい。
誰かに訊いてみたい。「心を病む」とはどういうことですか?
「健康である」とは・・・

◇

これまで繰り返し書いてきたことだが、わたしにとって「健康である」ということは、わたしという個人の身体に異常がないということではなく、精神(こころ)をも含めた健康とは、「わたしをとりまく環境・世界との「調和」「融和」」に他ならない。
心身と外界が軋轢なく溶け合っている場合には、その融和した状態が意識に上ってくることもないだろう。つまり「健康」とは「健康であることを意識しないでいられる状態である」ということもできる。
逆に言えば、一個の身体の何処にも「病気」がなくとも、彼が外界と友好的に調和できていない場合、その不調和が「心の病」と言われるのではないか。
だからわたしは「健康な囚人」や「戦場での健康」「(動物園の)檻の内での健康」という概念はありえないと思っている。何故なら彼の心は完全なる自由を、その環境によって剥奪されているのだから。
仮に「刑務所」「戦場」「動物園」の中からひとつを選べと言われれば、わたしは戦場を選ぶだろう。おそらく唯一、自死(の自由)が可能な場所であるから。

◇

わたしがより知りたいのは、病んだ心が「癒える」とはどういうことか、ということだ。人が上記のように、自己をとりまく環境と融和し得ず、友好的関係を結べない場合、心が癒えるということはあり得ないはずだ。
無論多くの場合、会社、学校、家庭、その他の不協和音を生じる場所から、融和しうる場へ生活の基盤を変えることによって、「癒える」ことが多いのだろう。
けれども、たとえば自国(自国民)と合わない。時代と合わない。といった場合、いったい何処へ身を移すことが可能だろうか?
過去へ戻ることは言うまでもなく、移住すら容易ではない。

◇

詳しい知識のないままに憶測で言うのだが、わたしは「認知行動療法」というものに懐疑的だ。世界の認識の方法に「正しい認識」と「誤った認識」というものがあるはずがない。もしそうであるなら、ゴッホやターナーの世界を見る視点は明らかに狂っている。
つまり世界はわたしたちが認識する仕方で存在しているのであって、世界という客観的な実体が、わたしの認識とは別個に存在しているわけではない。
けれども同時に、わたしは世界は「穢土」であると考えている。そしてこのような「世界中どこへ行っても東京のようなものだ」という認識乃至思い込みは、まったくの的外れではないにせよ、ひょっとしたらまだ地上には「東京的ではない、日本的ではない」場所があり、文化があり、生活があるのかもしれない。それが必ずしもアラスカやアフリカではなくとも。
それを知ることは無駄なことではないだろう。
わたしを苦しめるのは世界の、人間の同質性であって、異質であること、「いま・ここ」と違うことが、せめてもわたしを慰めるのだ。

◇

わたしは自分を「狂者」だとおもっている。
「狂者」と「こころを病んでいるもの」とは似ているようで違う。
こころを病んだ者は、きっと「修繕」の可能性を持っている。
けれども「狂者」はそれ自身全い実存であって、何らかの欠損の結果ではない。
つまりそれは「壊れてしまった人間」とは異質の存在だ。

◇
 あの老者と、
 また遇いたい。
 遇ったら問いたい。
〈壊れゆく者に惹かれるのはなぜ〉
〈逝く者に憧れるのはなぜ〉
〈失意のために残された活力のみでも
 じゅうぶん生きられるのはなぜ〉
〈狂える者に神を感じるのはなぜ〉
〈まったい正気をこうまで憎むのはなぜ〉
〈いみじき過誤ある者に敬意をおぼえるのはなぜ〉と。
 ー 辺見庸 詩文集『生首』より「夜行列車」(2010年)
◇

わたしは辺見庸に聴きたい、
あなたは、ふたりの「親友」をこの2年のうちに亡くしたはずだ。
ひとりは約40年に及ぶ確定死刑囚としての獄中生活の末の拘置所内での病死。
そしてもう一人はあなたが最も忌むはずの死刑という形で。
彼らのいない世界に、なぜまだ生きられるのか?
なぜあなたは憤死しないのか。
なぜあなたは愧死しないのか。
なぜ書けるのか?
なぜクスとでも笑えるのか?
それは彼らに対してではなく、あなた自身に対する背信行為ではないのか?
いったいあなたは何を、或いは誰を喪った時に真に狂い、死するのか?

「喪失後の世界」になぜ、あなたは生き永らえることができるのか?

わたしの苦しみはすべてそこにある。
失った友人。
失った風景。
それゆえ失った自分自身・・・

Everytime we say goodbye I die a little...

「さようならを言うたびにわたしのなかで何かが少しづつ死んでゆく。」

古いラブソングの歌詞だが、この言葉のみを取り上げれば、何かを喪うたびにわたしは少しづつ死に近づいてゆく。あなたの散文詩(?)のタイトルを借りれば、「解体」されてゆく。

俗に「親亡き後」などという話題を時々目にする。
わたしは「親亡き後」のことを考えたことはない。

世界に唯一人の味方もなく、どうして生きて行けるのか?
「味方」とは「友人」「親友」以上の存在だ。つまりわたしを力強く抱きしめてくれる存在のことだ。

わたしはいつも「親亡き後」ということばを聞くたびに、
いったい彼らには尚生きるに価する何があるのかと訝る。
それほどまでに彼らは「味方」に恵まれているのか、と。

◇
いまについても明日についてもおのれについても問わないことは幸せである。
なにも問わずに、答えのない問いごと、この身体と心を溶暗すべき時が来た。
まず、両の義眼をぽろりぽろりと外そう。耳もどき、鼻もどきもべりべり剥がしてしまえ。声もどきも棄ててしまえ。おまえは全体として一個の窩(くぼみ)になれ。失われた五体を追憶するだけの幻影躰となれ。そして、闇に溶けろ。闇の〈だま〉となれ。やがて、より昏い闇の窩としておのれを完成せよ。
ー 同上『生首』より「解体」
      「解体」- Everytime we say goodbye I die a little...  


 












2018年9月24日

きみに夢中さ

パリ、1953年 エド・ヴァン・デル・エルスケン




パリ、1953年 エド・ヴァン・デル・エルスケン


I've got a crush on you - Stacey Kent
「アイヴ・ガット・ア・クラッシュ・オン・ユー」(君に夢中さ)
ステーシー・ケント


2018年9月23日

或る哲学的告白


昨年暮れからフォローしているブログがある。「ブログ村」では『ダメ人間』のカテゴリーに自らを置いている。

今日は久しぶりに「哲学的」「思索的」な内容で、大いに共感するところがあったので、
以下に全文を引用する。

混ぜるな!危険!ネガティヴが感染しますより

「浮世離れ」

平成2018年9月22日(土)
ブログがどんどん凡庸でありきたりな内容へと
変化してしまったことに気づく。

俺は嫌いだった。
世間の話題に合わせて下らないブログを書くことが
何よりも嫌いな筈だった。

そういった意味では仕事をしていない時に
書いたブログの内容の方が今より刺激的で、
良い意味なのか悪い意味なのか分からないが
尖っていたように思える。

無職のころは世の中と強制的に引き離され
いわゆる「孤独」で、世間の流行とか
話題となってることから、大きく遠ざかり、
自身の世界が全てであった。
自身の世界は世間一般のそれと
著しく乖離しており、自身の考えこそが解となるため、
その全ての文章が浮世離れしていたと思う。

しかしいくら障害者枠だからと言っても
「働いている」今の状況では、
世間に合わせざるを得ないといったところか。

どれだけ俺自身が本来「狂気の沙汰」のような
人間であるといっても、
会社に行けばそれなりに猫を被る。
そして世間とか一般とか常識とかいう安い毒が
全身に巡り、脳にまで達し、下らない思考を生み出す。

実に詰まらない。
自分の書いている文章を読み返し
「何と陳腐な内容か」とガッカリする。
文章力がなくても、頭が悪くても、
「自身の世界」は少なからず「独特」だったと思う。
今のこんなありきたりのブログに何の意味があるのか。

休日に独りでいると、我に返る。
即ち、会社にいる俺は全て演じられた自分。
呼ばれれば「はい」と返事をするし、
多少、上司と揉めたりしても、
所詮は「常識の範疇」程度。
本来の俺は常識から逸脱した「狂人」なのだから。


◇


一読、「う~ん」と唸ってしまった。これだけの内容のある投稿には滅多にお目にかかることはない。
わたしにしても、このブログの筆者である薬師寺天膳にしても、屡々自分自身を「狂人」或いは「キチガイ」と呼ぶけれども、それは決して卑屈になっているわけではなく、寧ろ「狂(たぶ)れ人」であることに矜持を抱いている。

彼は今日、ふと「正気」に戻ったのだ、「『狂者』である自己」という本来の自分に。
連休が明ければ彼もまた否応なく「一般人」「正常者」に戻らなければならない。
そう。「喰っていく」ためには「正常」であることを、すくなくともそのように「装う」ことを余儀なくされる。
「狂人」即ち「表現者」であることは許されない。

束の間ではあっても真っ当な人間ー狂者に戻った表現者薬師寺。
この投稿に拍手を送る。















2018年9月22日

嫌なものは嫌


昨年のこと。ふだんあまり出慣れないので、電車で二駅のクリニックに行くのに、余裕をもって出かけたつもりがぎりぎりだった。
駅に着いた時には、すでに予約時間の5分前だった。クリニックは駅から歩いて10分から15分。ちょっと遅れそうだ。
わたしは「今駅ですが、10分ほど遅れるかもしれません」という電話をクリニックに入れたかった。しかし電話が何処にも見当たらない。以前は駅前に2台ほど電話ボックスッがあったはずだが・・・

結局「10分ほど遅れます」ということを伝えるための電話を探すのに15分もかかってしまった。
こういう理不尽で、不条理な世界に生きることが、たまらなく嫌なのだ。

こうして現代人は疑うこともなく、導かれるままに隘路に入り込んでゆく。
そして隘路のアナロジーとして真っ先に思い浮かぶのはベルトコンベアーだ。

なるほどわたしの「抵抗」など所詮は徒労に過ぎない。しかし徒労と知りつつ、拘ることが、わたしには必要なのだ。

携帯電話やスマートフォンを持つ持たないに、いったいどこのだれが気が狂うほどにこだわるだろう。そんなことにいったいだれが命をかけるだろう。
しかしわたしはそうありたいのだ。真実や誇り、虚栄や意地のためではなく、ただ己一個の美意識のために・・・

徒労に賭さずして、なんのわたしの人生か。












2018年9月21日

とりとめもなく


先日、このブログの方向転換を告知して以来、もともと少なかったブログへの訪問者が急速に減っている。それほど悪い気分ではない。なんとなく、自分が少しづつ、現世から遠のいていくような感じがして、わるくない。それにしてもこんな奇形ブログでも、毎日読みに来てくれる人がいるのだろうか?いるとしたらいったい何が面白くて?
真剣に捉えるほどのことはなにひとつ書いていない。なにひとつ。

◇

昨年秋ごろこんなことがあった。

「先日地下食品街に行き、なにか買ってゆくものはないかと自宅に電話を掛けようと、地下トイレ横の公衆電話に行きましたが、そこには既に見慣れたピンク色の電話の姿はありませんでした。
わたしも家族も、携帯電話を持つ習慣がなく、食料品の買い忘れなどの連絡に、しばしばあの公衆電話を利用していたので、電話が無くなってとても不便な思いをしています。

全ての利用客が携帯電話を持っているという前提はどこから来るのでしょうか?
また持ってない少数派は、あるところまで足を運んでもらうさという怠慢・傲慢な態度はどこから来るのでしょうか?
別にうちは「すべての客」に満足なサービスを提供するつもりはないし、そもそも遺漏のないサービスなど絵に描いた餅だと開き直るつもりでしょうか?

脚の悪い方も少なくない高齢の利用者の多い食料品街から、公衆電話を撤去することは、従来のサービスの切り捨て、廃止ではありませんか?
これは酷薄ではありませんか?
月に数回の利用しかない?それは撤去の妥当性になりますか?」

これに対して、「駅ビル」から返答があった。

「この度は公衆電話の撤去によりご不便をおかけいたしまして、誠に申し訳
ございません。

当社店舗内の公衆電話につきましては、NTTが管理をしておりました。
以前から公衆電話撤去のお話があり、延長をお願いして設置をしており
ましたが、本年正式に撤去が決定したとのお話があり、西国分寺レガの
1階に1台を残し、にしこくマイン内の公衆電話は全て撤去となりました。

お客様にはご不便をおかけいたしますが、当社で設置・撤去をおこなう
ことは出来ませんので、何卒ご理解賜りたく存じます。」云々・・・

誰もがこんな些細なことと思うだろう。けれどもこんなことが、わたしには、ああ、もう自分は今の時代の人間ではないのだという想いを強く感じさせ、いよいよ厭世観を募らせる大きな、本当に大きな契機となるのだ・・・

◇

最近は一日中ほとんど横になっている。夕方、静かに横になっていると、痛みも、苦しみもなく穏やかな気分で、「ああ、これが末期の床であったら、自分のこれまでの人生を振り返って、何も思い残すことはないなぁ・・・」という、実に穏やかな平静な気分になっていた。
恋をしたこともなく、飛行機に乗ったことも、海外へ行ったことも、仲間と楽しく飲んだことも、車を運転したことも、心から幸福を感じたこともなかったけれど、そもそも何かの間違いで偶々人間に生まれてきた。何にもなかったけど、それでいいじゃないか、という想いにしばし柔らかく包まれていた。
こんな風に死ねれば、素晴らしいのにな・・・





2018年9月20日

沈黙…


「生きたい」のか? 「生きたくない」のか?

自分自身で全く、まったく、わからなくなった時、誰に訊けばいいですか?

そして

「生きたくないのだ」という答えの時。どうすればいいですか?

「生きたいのだ」という答えの場合。どうすればいいですか?

◇

誰かが言う「己の心に訊け。」

自分の心に静かに耳を傾けてみても、心は黙している。

なにを訊いても心は沈黙し続けている。

胸のあたりを黒い緘黙が支配している。

もはやこころはわたしに何も語りかけてはこない。

心は夙に揮発してしまっているのか?

わたしの耳が心の声を聴くことができなくなってしまったのか?

蜘蛛の巣を揺らす幽かな風のそよぎすら聞こえない、

陰鬱な無明無音が、胸を領している。
















人間であることの恥


最近はYou TubeでTom Waitsばかり聴いている。彼は優れたバラード・シンガーだ。
もちろん歌詞は解らないけれど。
デヴィッド・ボウイの(曲の)良さは解らないが、トム・ウェイツはいい。
しかしボウイは英国国家からの勲章授与を拒否した。それだけでも拍手に価する。
一見どんなに哀し気な「人間の哀歓」とやらを歌っているようでも、その一方で「国家」「お上」から紫綬褒章など有り難く頂戴しているようじゃ・・・そんな偽善者の歌など聴くには価しないね(ト、肩をすくめる・・・)
受勲者とは畢竟「罪のない恥知らず」の謂いに他ならない。

ボウイの歌は馴染みがなくとも聴く価値はあるが、
後者は、仮にいかに心地よくとも耳を塞ぐべきだ。
日本には一匹狼の美学、強いものにまつろわぬ意気地(いきじ)というものがないのだから仕方がないと言えばそれまでだが。

◇

T.Wを聴きながらHのブログを読む。

「恥」ということについて考える。

「レーヴィはナチズムと強制収容所という時空間から「人間であるがゆえの恥辱」をあぶりだした。不正に妥協し、暴力に屈する恥辱。屈辱。余儀なかったのだ、生きのびるためにはだれでもそうしただろう、と自己を正当化するときに走る恥。卑劣。卑怯。それらを多少なりともかんじることのできた時代はまだしもさいわいであった。」
〔2013年11月2日〕

「生き延びるために」・・・「余儀なく」・・・「恥辱と屈辱にまみれ」・・・

昨夜観たブニュエルの『銀河』のワンシーンを思い出した。
異端審問の場面である。
「自分の主張を誤りであったと認めるなら助けてやる。もし拒むなら火刑に処す。」
けれども、「異端者」は最後まで自分の主義主張を曲げずに刑場に曳かれていった。

「自分は時代に適応する必要のない「一個の遺民」なのだ」と言ったのは誰であったか?
誰であろうと、そんな悠長なことが言えるはずはない。

生き延びるために「恥辱」にまみれるか、自己の価値観・美意識に殉ずるか・・・

21世紀の日本、東京に生きるということは、即ち「恥」の感覚と共に生きることに他ならない。
それは自己への裏切りという「恥」である。
けれどもそれは本当の意味で「わたしが生きている」と言えるのだろうか?
レーヴィは何故最後に自ら命を絶ったのか。
西部邁は?

またもやニーチェの言葉を思い出した。

「いつの日か、最早自分自身を軽蔑することすらできないような、最も軽蔑すべき人間たちの時代が訪れるだろう」