2018年7月21日

辺見庸のエッセイに失望


河北新報に掲載された辺見庸の「むごい夏──処刑とクチナシの花」を読んだ。
なんだか肩透かしを食った感じ。小洒落たエッセイ風にまとめられていたが、そこには憤怒も、絶望も、蹉跌も、焦燥も、惑乱も読み取ることができなかった。

かつて辺見はイスラエルによるガザでの殺戮についてこう書いていたのではなかったか?


「アーレントが生きていたら、アドルノが生きていたら、なんと言ったか。パレスチナの少年にガソリンを飲ませ、焼き殺した所業について。パレスチナ国際義勇軍の編成が呼びかけられたかもしれない。元気だったらわたしもパレスチナ入りをめざしたかもしれない。サルトルも国際義勇軍に賛成しただろう。オーウェルはそれに参加しただろう。ヴァルター・ベンディクス・シェーンフリース・ベンヤミンは国際義勇軍結成にかんする知的なメッセージを送ったかもしれない。ソール・ベローはノーコメント。堀田善衛は国際義勇軍に心情的に賛成しつつ、みずからは参加できない苦渋を、キザで無害なエッセイにして、スペインあたりから朝日新聞夕刊文化面に寄稿しただろう。それでも暴力の連鎖には反対だとか。吉本隆明は「ナンセンス!スターリニストども!」と罵ったろう。カネッティは『目の戯れ』の続編を書いたろう。ツェランはまたも自殺したかもしれない。世界はまだ砕かれず、覆されてもいない。世界は凡庸でもない。また再びのユダヤ人迫害への環境ができつつある。」

彼のイメージした堀田善衛的な、そこはかとない傍観者的態度(強いて言えば「諦念」)を、わたしは今回のエッセイで辺見庸自身から感じた。

クチナシの花ービリー・ホリデーー奇妙な果実(私刑によって嬲り殺され、木に吊るされた黒人たちを'Strange Fruits'=奇妙な果実と呼んだ)
これなら辺見庸じゃなくてもエッセイストかコラムニストが書けばいいのではないか?

少なくとも、この処刑によって、彼自身が負った傷(そんなものがあればだが)も、そこからしたたる血の色も見ることはできなかった。

「死刑は国家による殺人である」という死刑廃止論者の常套句を、原稿用紙七枚分の上品で手堅い(H自身が最も嫌うはずの「毒にも薬にもならない」)エッセイに仕立て上げただけ。わたしにはそんな風にしか思えなかった。そしてもうひとつ、うっすらと耳の奥に響いていたのは、'Look Back in Anger' 「怒りを込めて振り返れ」という声だった。



フランシス・ゴヤ シリーズ『戦争の惨禍』より「どちらも」(Tempoco) 



2018年7月20日

生きるということ…


「妙なことだが、その瞬間まで、わたしには意識のある一人の健康な人間を殺すというのがどういうことなのか、わかっていなかったのだ。だが、その囚人が水たまりを脇へよけたとき、わたしはまだ盛りにある一つの生命を絶つことの深い意味、言葉では言いつくせない誤りに気がついたのだった」
「これは死にかけている男ではない。われわれとまったく同じように生きているのだ。彼の体の器官はみんな動いている──腸は食物を消化し、皮膚は再生をつづけ、爪は伸び、組織も形成をつづけている──それがすべて完全に無駄になるのだ」
「爪は彼が絞首台の上に立ってもまだ伸びつづけているだろう、いや宙を落ちて行くさいごの十分の一秒のあいだも、かれの目は黄色い小石と灰色の塀を見、彼の脳はまだ記憶し、予知し、判断をつづけていた──水たまりさえ判断したのだった」
「彼とわれわれはいっしょに歩きながら、同じ世界を見、聞き、感じ、理解している。それがあと二分で、とつぜんフッと、一人が消えてしまうのだ──一つの精神が、一つの世界が」

これは、7月7日に行われた、オウム真理教死刑囚一斉処刑の日に、Hのブログに引用された、ジョージ・オーウェルのエッセイ「絞首刑」(『オーウェル評論集』小野寺健=編訳 岩波文庫)からの一節である。

この同じ文章同じ個所が、やはり以前、Hの著書の中で紹介されていて、はじめて読んだ時の強い印象を憶えている。

◇

生きているということ。それは爪が伸びるということであり、頭髪が伸び、皮膚の組織が代謝を繰り返すということだ。言い換えれば、生きるということは、爪を切らなければならないということ。髭を剃り髪を切らなければならないということ。入浴しなければならないということだ。それはひどく億劫で面倒くさいことでもある。大変な重労働でもある。
生きるということはとても面倒くさいことを引き受ける、ということなのだ。

捨て果てて 身は無きものと思へども
雪の降る日は 寒ぶくこそあれ
花の咲く日は 浮かれこそすれ

これまで何度も引用した西行の歌である。
生きるということは、世を厭い、お暇乞いをしたいと思っている自己の意識と、
それ自体が「生命そのもの」である身体との絶えざる相克・葛藤である。

「生命力」 「生きようとする盲目的な意志」について、印象的な文章をふたつ、紹介しよう。共に今から16年前、2002年に朝日新聞の読者投稿欄に掲載されたコラムだ。

最初は30歳の主婦の投稿。

「やっと3カ月の娘が、この暑いのに必死にしがみついてくる。そこには彼女の「命の綱」があるからだ。
この子が今、生きていくための手段は、おっぱいを飲むこと。これしかない。
この世の終わりかとおもうほど大きな声で泣きわめいた後は、目に涙をいっぱいため夢中でおっぱいを吸う。母となったことを実感する瞬間。1日7、8回、この生死をかけた挌闘が繰り返されるのだが、毎回、母子とも汗だくである。
腕の中で一生懸命生きている娘を見ながら考えた。
汗にもいろいろあるが、私と娘が今、かいている汗は何だろう。子供を産むまで、こんな汗があるとは知らなかった。」

もう一つは60代の男性。

「早朝の散歩の途中、公園の前を通ると、何か小さなものが動く。何と胴体のない頭と前脚だけのカブトムシでした。折からの風にあおられて倒れると、頑張って前脚で起き上がる。
それを何回も繰り返す。
その姿を見て、出来るだけ風の当たらない所に移し、いつもより早めにコースを切り上げて帰りに寄ってみると、ひっくり返って手を宙に動かしている。
蟻にやられてしまうぞとみていたが、よい知恵が浮かばない。どの道、長生きはできない。最後に何か食べさせてと思い、家に連れて帰りました。
盆の上に梨を切り、載せて近づけると両手を広げ、梨に手をかけて果汁を一生懸命吸いました。
胴体のないこの小さな命が、どうしていきていられるのか不思議でなりませんでした。何とかよいかたちで成仏させてやりたいと、夜は桃を切ってやり休みました。
翌朝目を覚ましてみると静かに両手を合わせて息を引き取っていました。」

生後僅か3カ月の赤ん坊、胴体のない頭部だけのカブト虫が、「いのちそのもの」「いのちのかたまり」であることがいきいきと伝わってくる。

わたしは思う。この圧倒的な生命の力は、厭世観と人の世の屈辱にまみれたこのわたしの中にもあるのだということを。

捨て果てて、あらずもがなとおもう我が実存と、
雪が降れば寒いと思い、照る日には汗をしたたらせ、日々もの喰う我が身・・・
「飛び込み」にせよ「飛び降り」にせよ「縊死」にせよ、「溺死」にせよ、
どのような形であれ、無条件に生きんとする意志に逆らって消し去ることの困難さと哀しさを想う・・・












2018年7月18日

真っ当を厭うマスコミ&日本人


7月13日のHのブログに

「共同通信に「むごい夏ーー処刑とクチナシの花」を寄稿した。約7枚。加盟各紙に掲載されたらご一読いただければさいわいです。にしても、ひどい夏だ。大量処刑の前夜、サイコパス政権幹部は飲めや歌えの大宴会をやっていた。」

と書かれていた。うちは東京新聞を取っているが、こんにち、首都圏の大手新聞社がHの書いた文章を載せるだろうかという懸念はあった。現に「相模原事件」の時も、大道寺将司氏が東京拘置所内で死亡したときのHの文章も、東京新聞には掲載されなかった。

新聞社に確認したところ、本来なら14日に載るはずの記事は、やはり掲載されていなかった。
そこで配信元の共同通信に電話した。「ちょっと調べてみないとわからないので、5時ころにまた連絡くれますか?」とのことだった。約1時間後、再度電話。「北日本新聞」(富山)と「河北新報」(宮城)に掲載されているという情報をもらった。どちらでも構わないのだが、河北新報に14日の朝刊を郵送してもらうように頼んだ。送料込みで200円ほどだそうだ。
共同通信では、「ファックスがあれば送りますよ」と言ってくれたが、世に「ファック」事例は数多あれども残念ながらうちにFAXはない。

東京新聞も落ちたものだとは思わない。きょうび辺見庸の文章を載せるというのは実際かなりの覚悟が必要だろう。何への覚悟か?もちろん読者からのクレームへの覚悟だ。更に自分たちがいかに「ジャーナリズム」とは名ばかりのハンチクな仕事しかしていないかという事実を突きつけられることへの「不快感」(慙愧ではない)もあるだろう。

3年前だがこんなことを書く人なのだ。

◇

昨夜、コビトに訊かれた。戦争法強行採決をまえに、なぜ「ゼネスト」が呼びかけられなかったのか?なぜその呼びかけさえこころみられなかったのか?戦争法はそのくらいの国家暴力の立法化ではなかったのか。国会、地方議会、官公庁、交通運輸、港湾、郵便、国公立各大学、高校、同教職員、各報道機関、農水産、商業、サービス、非正規雇用者関連各ユニオン、映画、美術、演劇、文芸家協会、スカンピンの、今晩食うにも困っている個人たち……。どこかで腹の底からの瞋恚の炎はあがったか。なにかがかつてなく激しくはじけたか。このクニにほんの一部でも機能マヒはあったか?抗議の辞職をした野党議員が一人でもいたか?怒って辞めた大学の学長はいたか。ハンガーストでだれかが餓死したか。抗議のしるしとして1面白紙の新聞をだしたところが1紙でもあったか。編集局長の方針に逆らって懲戒された記者が何人いるか。なぜなのですか?豆麩をほおばりながらコビトは訊いた。わたしはだまっていた。ゼネストなど10万キロ先のはなしだ。はらわたが破裂するほどの怒りなんか、ありはしなかったのだ。9条違反どころではない、常時「例外状態」化をねらう戦争法のものすごさ。それにみあうストラグルなんか、どこにもありはしなかった。あれはだから「負け」ですらなかった。たたかっていなかったのだから。(2015/12/02)

◇

Hの寄稿文を載せるという決断を下した河北新報という新聞がどういうものか見てみるのもまた一興だろう。

ところで、夕方、Hのブログが更新されていた。

◎河北新報などが掲載

共同通信からのれんらくでは、エッセイ「むごい夏ーー処刑とクチナシの花」は河北新報や北日本新聞などが掲載しているようです。

更新は5時半。

なんとなくおかしかった。


2018年7月17日

耳を貸す者


私たちがどれほど遠く信仰から離れ去っていようとも、話相手として神しか想定できぬ瞬間というのはあるものだ。そのとき、神以外の誰かに向って話しかけるのは、不可能とも狂気の沙汰とも思われる。孤独は、その極限にまで達すると、ある種の会話形式を、それ自体極限的な対話の形式を求めるのである。
ー エミール・シオラン『生まれたことの不都合について』(出口裕弘訳)


神はわたしを許すだろうか?
神には「嫌いな人間」というものは存在しないのだろうか?
ヨーセフ・メンゲレも、わたしも、同じように許すのだろうか?


断想「嫌われても平気」なわけ…


「自分が、現にある通りのものであるがゆえに自殺するのはよい。
だが、全人類が顔に唾を吐きかけてきたからといって、自殺すべきではない。」
ー エミール・シオラン『生まれたことの不都合について』(出口裕弘訳)

現実に「全人類に嫌われる」ということはないだろう、(物理的に出遭うという可能性がないという意味に於いて)しかし何者にも愛情を注がれることも、関心を持たれることもない存在ー「世界に唯独り遺棄された者」として、なお人は生きてゆけるか?
そしてその上で、尚生きる意味とはなにか?

「嫌われる」ということが何らかのアクションの結果である、という因果律抜きに、
正に「自分が自分であるが故」の理由で嫌われること。を考える。

シオランの言葉を置き換えれば、

「自分が、現にある通りのものであるがゆえに全人類が顔に唾を吐きかけてきた。」
なら、どうするか?

あなたが「○○だから」きらい。ではなく「あなたがあなたであるから」きらい。と、いうこと・・・

◇

「全人類が顔に唾を吐きかけてくる」ということは、確かに現実には起こりえないことだ。
これはあくまでも修辞的表現に過ぎない。

例えばThe Beatlesの歌、'Misery' の出だしは

”The world is treating me bad... Misery”

「世界中がぼくを邪険に扱う」なんてことは現実にはありえないことだけれども、そんな風に感じること、自分の限られた周囲が、全世界と同一視されるということはないだろうか?

◇

例えばごく幼少期から極めて少ない愛情しか受け取ることができなかった人(宅間守もそのような人間の一人だったと読んだことがある)が、成人後に「巨大な湖」のような愛情を求めてしまうことは本人の責だろうか。
常に親から、周囲から、一定量の愛情を与えられ続けてきた者の愛情の貯水高は、多分愛情に餓えた人たちの求める一括請求と同等だと思うのだ・・・

◇

ニルヴァーナのカート・コバーンは、いろいろと面白いことを言っている。

“I'd rather be hated for who I am, than loved for who I am not.”

「自分自身でいるために憎まれる方が、自分をなくして好かれるよりましだ」

同感だけど、やはりひとりはサビシイ・・・

◇

「誰一人味方がいない」ということは「全員が敵」という事と同じではない。
少なくともわたしの中では。

◇

「一定の距離を置かれた≠嫌われた」か
「一定の距離を置かれた=嫌われた」か? 
わたしは後者だ。

◇

文学、音楽、アートなどの抽象的な対象を愛することに生きる意味を見出すか?
或いは、鳥や獣、草や花など、自然界のあらゆる生き物と心を通わせることができたという、アッシジの聖フランチェスコのように、人間以外の生き物と共に生きるか。
しかしわたしは現実の生身の人間関係がなければ生きてゆくことはできない。




2018年7月15日

自分が嫌いではいけませんか?


みなが狂いはじめた。当然の生体反応である。わたしたちはもっと狂うべきだ。そして、もっと狂うはずである。さらに狂わなければならない。
もう気のきいたことなど、いおうとしないことだ。わたしは気のきいたことをいわない。
ー 辺見庸ブログ 2018年7月13日

「わたしたちはもっと狂うべきだ。そして、もっと狂うはずである。さらに狂わなければならない。」

わたしはこういう言葉に敏感に反応する。そして肯く。


「自分を否定しないこと、これこそが世界を変えるための第一歩です」
 ー 竹宮惠子

これは26歳の若く有能なライター・編集者のブログで紹介されていた本の帯に書かれていて、彼が「強く惹かれた」言葉だそうだ。

Hの言葉にウンウンと肯くわたしは、こういう言葉をみると反射的に「ケッ!」と言ってそっぽを向いてしまう。
こういう言葉は虫唾が走る。

似たようなことが2~3日前にあった。
日本新聞協会 広告委員会主催の「新聞広告クリエーティブコンテスト」の広告が新聞紙面に大きく載っていた。
今年のテーマは「新聞」。
そして、たとえばこんな感じというのだろうか、大きくキャッチコピーが書かれていた。

「将来について、危機感はもちろんあります。でも悲観ばっかりも嫌じゃないですか。」(here)

わたしは思わず「アホか!」と叫んでいた。

Hが言うまでもなく、みな夙に狂っているのだ。
「悲観ばっかりも嫌じゃないですか。」やはり出てくる言葉は、「ア・ホ・カ!」

「いや狂っているのはお前の方だ」というのなら、わたしは素直に「そうかもしれないな」と認めるだろう。自称狂人が今更それを人に追認されたとて別に痛くも痒くもない。

◇

人は、誰かが彼(彼女)自身のことを悪くいうのを聞くのが不快らしい。
そしてもっと自分を認めること、受け容れること、自分を愛することを求める。
皮肉なことにわたしだけが、自分を愛せない自分を受容し、わたしだけが自分を受け容れることの出来ない自分を許している。
そして「死にたくなったら死んでもいいんだよ」と言ってくれる。


わたしは父を好きになることができない。
父のことは何も知らない。定年まで勤めていたという仕事がどういう仕事だったのかも。
父の家族観、親子観、仕事観、人生観などまるで知らない。

父を嫌うということはどういうことか?それは鏡に映った自分の顔に唾を吐きかけるのと同じだ。何故なら、父がいるからわたしが今存在しているのだから。
父を憎むということは、とりもなおさず、自分の存在の根源を憎むことに他ならない。

親は親、子は子という考え方は、わたしには受け容れることはできない。
「親殺しのパラドクス」をご存知だろう。タイムマシンで過去にさかのぼって、自分が生まれる前の父を殺すことができるか?というやつだ。もしできないとしたら、その理由は?

クリスティーナ・ロセッティの詩に、
「いったい誰が閂をかけて閉め出すことができるのだろう、一番嫌いな自分自身から?」という一節がある。


I lock my door upon myself,
And bar them out; but who shall wall
Self from myself, most loathed of all ?


わたしの血の半分は父の血だ。人が決して「わたし自身」から逃れることができないように、わたしもまた「父の血」から永遠に逃れることはできない。

父が亡くなったら、悲しいだろうか、と時々考える。悲しくはない、とは言えない。
わたしは父のことを何も知らないのだから。
しかし「まだ元気」と言える今は、わたしは父の呪縛から逃れることができない。
大嫌いな父を見るたびに、わたしは彼の分身であり、彼という川の流れに浮かぶ泡沫(うたかた)であるという考えが自然と浮かんでくる。
自分を創った親を愛せずしてー親の存在から分離してどうして自分だけを愛し、認めることができるというのだ?

自分がどうしても好きになれない者の血と肉と骨と皮によって出来ていること。
それがわたしが自分自身を愛せない大きな理由だが、その他にも、単純に愛され、肯定された経験がないということも当然ながら大きな要因だ。

中学生の時、いつも一緒だった3人の友達がいた、或る年のバレンタイン、下校時、彼らだけがチョコレートをもらっていたことが分かった。彼らはわたしを気遣って隠そうとしていたようだが、偶然知ってしまった。そのうちの1人は、わたしにすまなそうな、それでいてどこか得意気な微苦笑を浮かべていた。

とにかく女性は苦手だった、特に仕事の出来る女性、有能な女性はわたしを見ているとイライラしてくるようだった。年下であっても、随分叱咤された。呆れられた。疎んじられた。
太宰の『カチカチ山』のたぬきとウサギである。女性は醜悪で魯鈍な者には容赦がない。

事実わたしは醜かった。外見に関しては人それぞれ見方はあるだろうが、わたしはセックスの出来ない身体を持っている。(※EDではない)セックスの経験がないわけではないが、それによって快感や悦びを得たことはない。

わたしが自分を否定するとき、自分を認めることができないという時、「思い込みが激しい」「卑下しすぎるのも見苦しい」「自虐趣味?」といった言葉がどれほどわたしを傷つけているかわかるだろうか?不用意に発せられた「そんなことないよ」という一言さえ・・・

「己を肯定せよ」、「汝、自らを否定するべからず」という発想、社会に流通している通念が、どうしても自分を肯定できない者への、ある種の攻撃的メッセージであるということを思って欲しい。

それとも「自分が嫌い」「自分を愛せない」ということは、わるいことなのだろうか・・・



※26歳の「有能な」ライター・編集者と書いたのはあくまでも反語であり、

彼の〔このような〕眼差しをわたしは到底肯んじない。










2018年7月14日

悲鳴


友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい  友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい 友達が欲しい 友だちが欲しい ともだちがほしい。 友だちがほしかった・・・