2019年2月18日

二枚の画…


先月、デイケアで「絵を描く」プログラムに参加した時のことを書いた。
そのときに、まだお互いのブログ上でしか言葉を交わしたことのない、おそらく同い年の男性の「友人」(と、わたしが勝手に思っているだけだが)からもらったコメントが印象に残っている。

「もし今、自分が何か絵を描くなら、うつくしい絵よりも、ドイツ表現主義のような、いびつにゆがんだ、今の自分の崩れた内面をそのまま表出するような「醜い絵」を描きたい」と、わたしはいった。

彼はわたしの知らないドイツの画家の絵について話してくれた。以下、彼の許可を得て、コメントを引用する。


「私はドイツ表現主義や抽象表現主義の画家を詳しく知っているわけではありません. ですが, 頽廃芸術とされた画家の一人であるオットー・グリーベル (Otto Griebel) というドイツの画家が好きです. と言っても一作しか知らないのですが. 坂崎乙郎さんの『絵とは何か』という本の中で, グリーベルの《日曜日の午後》という鉛筆画の写真が載っていて強く惹き付けられたのです. この絵の実物を観たことはありません. 坂崎さんの本でしか観ていません. これは, 傷痍軍人が部屋で寛いでいる様子を描いたらしい絵で, 彼はおそらく失明していて義足です. 部屋が半地下で狭く, 彼の生活は困窮しているのかも知れない. この絵の読み方, 感じ方は人それぞれだと思いますが, 私はこの絵を (坂崎さんの本をめくって, ですが) 観る度に幸福になります. この絵は私にとって必要な絵なのです. 《日曜日の午後》の中に「美と眞實」があるのか, あるいはグリーベルの世間での評価がどうなのかも私は知りません. ただグリーベルのこの一枚の絵は私のところまで届きました. こんなところに絵の力というか本質があるような気もするのですが, 考え続けてみます. 」

わたしは寡聞にして、オットー・グリーベルという画家も、また彼がその絵を見つけたという本の著者、坂崎乙郎さんという人も知らなかった。

ただ、ここに描かれた、彼が唯一知っていて、またこよなく愛する一枚の鉛筆画の描写に心を動かされた。

盲目隻脚の傷痍軍人が、貧しい自分の部屋で、日曜の午後を過ごしている。おそらくは穏やかな心で。

「彼」はこの絵はインターネットで観ることができると教えてくれたが、なぜかわたしはこの絵・・・いや、「この絵の描写」に惹かれれば惹かれるほど、「それ」をみたいと思わなくなった。わたしの心の中には、すでに、「グリーベルの本物」とは別の、Sさんが言葉で描き出した、さびしいほどに静謐で愛(かな)しい一枚の画が着床している。

彼がこころから愛する「その絵」に関心がないというのは、Sさんにとっては遺憾なことであるかもしれない。しかし、わたしの心のなかに収められているグリーベルの絵は、単にSさんによる「本物の」説明でしかないのだろうか。
否。おそらくわたしはその絵をネット上で見ることができたとしても、上記の、Sさんの語った「その絵」のようには心動かされることはないだろう。

例えば友達が昔展覧会で観た絵について話してくれる。或いは、旅先で出逢った状景について。子供のころのある日の出来事について。わたしは決してその場面を「検索」して、見ることはできない。それでも見ることができないものは(わたしにとって)存在していないのと同じではない。
わたしは「Sさんの絵」と同じように、旧友が語ってくれた場面を活き活きと鮮明に想像することができる。
そのイメージは実際とはかなり違ったものであるだろう、しかしその差異に、何の問題があるだろうか。
わたしは確かにSさんと、グリーベルの絵を共有し、旧友と、その昔日の時を共有したのである。

わたしは何故かその絵のタイトルを『平和な日曜日』と勘違いしていた。彼のコメントに『日曜日の午後』と書いてあるのに。
傷ついて帰還した兵士と、ある日曜の午後の描写を聴いているうちに、自然とこの絵が「平和」という言葉に結びついたようだ。

光を失い、脚を奪われた軍人が、何故心穏やかな日曜の午後を迎えることができるのか。
わたしにはそれを説明する能力はない。殊に「喪われたもの」「理不尽に奪われた何ものか」そしてそれによって失われた未来・・・
そのような「過去」に執拗に拘泥するわたしのような人間にとって、何故彼は「喪われた今」に充足することができるのか、その心を計り知ることはできない。

それでも、この絵が、わたしに心の静けさ、穏やかな感覚(Calm and Quiet Feeling)を齎すこともまた事実なのだ。

長年つらいうつ病に苦しめられているSさんが、何故この絵をこよなく愛するのか、
この絵が必要とさえ思うのか。比較しては失礼だが、それは、例えばわたしのブログを読んでくれた人が、世の中への怨嗟に満ちたこのブログに「居心地の良さ」を感じてくれているということと同じくらい不思議なことだが、敢えてそれに対して、答えらしきものを求めようとは思わない。それはわたしが何故実際のグリーベルの絵ではなく、Sさんの物語った絵の方を愛し、重んじるのかということとと同じくらい、いわくいいがたい感情の領域なのだろうから。

いづれにしても、わたしの胸の中には、Sさんから手渡された『平和な日曜日』即ち『日曜日の午後』という静かな絵が一枚、確かにある。


不悉






2019年2月17日

Just Powerful!



James Carr - Pouring Water On A Drowning Man

ベストソウルシンガーのひとり、ジェイムス・カーの「ポウリング・ウォーター・オン・ア・ドラウニング・マン」

Van Morrison - Wild Night (1971)

'ブルー・アイド・ソウル'(青い目のソウルシンガー)ヴァン・モリソン「ワイルド・ナイト」



テリー・タレル / Terry Turrell


アメリカの画家であり彫刻家でもある、テリー・タレル / Terry Turrell (1946年生まれ)の作品を紹介します。
インターネット上では、彼の作品は、フォーク・アートとか、アウトサイダー・アートと呼ばれているようですが、詳細は不明です。

管見ですが、一般に、フォーク・アート、アウトサイダー・アートというのは、精神や知的な障害を持った人の作品とされているようですが、そのような枠組み自体が、およそ「アート」とは無縁だと思います。


"Compassion"



"The Edge of the Night"


"Short Stories #2"


"When the Morning Comes"


"Ice Water"


上手いですよね。(と言ってどれだけの人がうなずいてくれるかわかりませんが)わたしはこういう絵、好きです。どことなくジャン・ミシェル・バスキアを思い出します。


自分でもこういう絵が書ければいいなと思います。








2019年2月16日

襤褸の旗…


日々生きてゆくことのとてつもない困難を感じている。
そんななか、わたしの文章に2人の人が関心を示してくれたことを有り難いと思う。

まだわたしは、2人分、人間なのだろうか・・・

わたしの文章は、彼 / 彼女にとってどのような「意味」をもっているのだろう。

Fさんはここは居心地がいいと書いてくれた。

皮肉なものだな。

これほどこの世界に居心地の悪さを感じている者が書いた世界に「居心地の良さ」を感じるなんて。

常に「樹、静かならんと欲すれども風止まず」という心境のなかに生きる者の内面から、そのような静謐が感じられるなんて。

それにもまして、わたしに対して「敵意や嘲弄の対象」や「珍奇怪異な見世物」としてではなく、好意的な関心を寄せてくれる人がまだ世界に存在するなんて。

今日明日と、地元のTSUTAYAで、旧作のDVDレンタル100円キャンペーンをやっているらしい。ここから自転車で20分ほどだが、とてもそこまで行く元気はない。

今一番観たいのはデビッド・リンチ監督の『エレファント・マン』
もう一度彼の悲しみと、一人の人間の愛情によって、人間として安らかに死んでいったラストシーンを観たい。

「外に出る」ということはどういうことか、最早わたしにはわからなくなっている。

「外界」の存在しない世界で・・・厳密に言えば、「わたし」という一個の実存との、必然的な連続性を欠いた「異界」にあって、「外に出る」とはどういうことなのだろうか?


Southwest Fourth and Salmon Streets, Courthouse. 1939, Minor White.




Chet Baker & Paul Bley - If I should lose you 



晩年のチェット・ベイカーはほとんどジャンキーであった。そしてアムステルダムのホテルの窓から、事故か故意かは不明だが、落下して、その命は消えた。

わたしは、ほころび、破綻、ぽっかりと開いた疵口、破れ崩れた魂を持たないものを、汚れと傷のないものをどうしても愛することができない。
壊れていないものを、愛することができない・・・
力強いもの、輝いているもの、真新しいものは、それが自然の生み出したものでない限り、わたしの「敵」である。そしておそらくはまた「正しさ」も・・・









内輪的連絡。


ふたつさん。そして瀬里香さん。購読希望のメールをどうもありがとうございます。
「メンバー制保留」ということでがっかりなさりましたでしょうか?
仮に今後また「メンバー制」に移行するようなことがあれば、お二人を真っ先に招待します。
また現在は承認制にしてはいますが、コメントも受け付けていますので、お気軽に書きこんでください。(ブロガーにはなかなか慣れませんが、広告がないこと、自分でデザインできる部分が大きいことから、容易に離れられません)

ふたつさんのメール(メッセージ)にはいつもなかなか返事をする体力がなく申し訳なく思っています。メッセージの長短ではなく、いただいた思索に対し、どのように自分の気持ちを絡めてゆけばいいのか、まだそこまでの体力がありません。ご理解いただけると幸いです。そしてコメントはいつでも歓迎です。



2019年2月15日

人生は無頼不逞なもの、芸術は無慚なもの・・・


昨年の今頃だろうか、竹中労 - 原作・絵コンテ、画 - かわぐちかいじの傑作・怪作、『黒旗水滸伝・大正地獄篇』を夢中になって読んでいたのは。
最近「不逞鮮人」と自ら称した朴烈と金子文子の映画が公開されていることを新聞で知ったことからそんなことを思いだした。

当時はその影響で、中島貞夫監督の1969年作品、『日本暗殺秘録』も観た。無論映画館でではない、海外の人がYou Tubeに投稿していたものを観たのだ。

不逞・無頼に生きる。それがわたしの本懐ではなかったか。


現在わたしの読みたい本のリストには次のような作品が挙げられている。

● 死の懺悔 完全版 古田大次郎遺書 古田 大次郎/著 黒色青年社

● 現代日本思想大系 31 超国家主義 橋川 文三/編 筑摩書房

● 獄中手記 磯部 浅一/著 中公文庫 中央公論新社

● 難波大助の生と死 〔増補版〕 原 敬吾/著 国文社

● 彼方より 増補新装版 中井 英夫/著 潮出版社

● 美は一度限り 落日の美学闘いの美学 野村 秋介/著 21世紀書院


そしてわたしは辺見庸はもとより、西部邁、野村秋介、大杉栄、辻潤、竹中労、若松孝二のような人物を愛する「不逞の輩」だ。

◇

今回ブログの「メンバー制」について悩み、「いのちの電話」に相談した。
珍しく男性の相談員で、詳しくは訊かなかったが、その人は学者らしく、様々な学会での50~60代の大の大人たちの醜悪さグロテスクさを嫌というほど見てきたといっていた。そして結論として、自分(彼)ならブログは「当然」「メンバー制」にする、と。

しかし「清潔で正しく、誰からも拍手を以て受け入れられる思想」ばかりではつまらない。
無頼で、不逞な輩が異端邪説を吼えて何が悪い。蛆虫にも言論の自由はある筈。

タイトルの「人生は無頼不逞なもの、芸術は無慚なもの」── これは実際は、
「作家は無頼不逞に生き、芸術とは無慚なもの」という画家鶴岡雅男の言葉だ。

人生とは無慚なものだ、そしてわたしは無頼不逞な生に憧憬を覚える・・・

ひとまず不逞ブログの「メンバー制」は保留にする。

最後に映画『日本暗殺秘録』のレヴューを。

これは昨年の2月13日に書かれたものだ。



◇    ◇


「テロリズムとは心優しき者の心に宿る思想である・・・」(竹中労)

先日、IRA、「アイリッシュ共和軍」の公然組織の政党名「シンフェーン」というゲール語の意味が「我らのみ」であると知った。そしてわたしは「我ら」という「等」を持たない孤絶した「我のみ」であると思った。昨夜観た映画で、主演の千葉真一演じる血盟団員「小沼正」は同志(村井国男)に向かって。「俺、わかったよ。「革命」ってのは「俺たち」でやるんじゃないんだな。「俺」がやるんだ・・・」

監督中島貞夫、脚本笠原和夫の1969年作品『日本暗殺秘録』は、先日かわぐちかいじの『テロルの系譜』を読んだ折りに知り、是非観たいと思っていた。
若山富三郎、片岡千恵蔵、高倉健、鶴田浩二、菅原文太、田宮二郎、里見浩太郎、藤純子といったオールスター・キャスト。それだけでエンターテインメントとして第一級の作品だが、微瑕を言えば、冒頭、桜田門外の殺陣のシーンで、黒澤ー三船や、今井正ー中村錦之助ほどの凄まじいまでの迫力が感じられなかったことだろうか。

タイトルの通り、この映画は日本の暗殺ーテロルの歴史をオムニバス形式で描いている。
143分。登場する暗殺事件は、 幕末桜田門外の変から昭和11年の2.26事件まで九つ。140分で九つの暗殺事件を描くなら、ひとつのエピソードあたり15分ほどになってしまって、事件の背景などは描きようもないのではないかと思っていたが、この映画のメインは、昭和7年に起こった血盟団事件で、次に2.26事件と、ギロチン社事件に多少の時間をかけているが、その他は、単に何時何処で誰が誰によって殺されたというシーンのみである。だったら初めから井上日召と血盟団事件の作品にすればいいのではと思うが、やはり、幕末ー明治ー大正、そして戦前と、連綿とつづく権力の支配・圧迫と被支配・屈従の「歴史」が続いていることを示唆する必要があったのだろう。
暗殺の前にも暗殺があり、テロルの後にもテロルがある。その変わらぬ国の風景の背後に何が潜んでいるのかを暗示する必要があった。

興味深かったのは、「ギロチン社」の古田大次郎も、血盟団の小沼正も、また2.26事件の磯部浅一も、異口同音に「革命」というタームを用いること。大杉栄虐殺の復讐に起ち上がったギロチン社の面々は、言うまでもなくアナキストであり、血盟団は右翼と言っていいだろう。
作品が作られた当時、「政治の季節」と言われた60年代後半~70年代にかけての時代の精神というものも影響しているのだろうが、そもそも竹中労が指摘するように、「左右を弁別せざる」思想にわたしは共鳴する。
戦いは左右の水平上の闘いではなく、上下の垂直方向の戦いであるべきなのだ。

政治的なスタンスをいうなら、わたしは勿論右ではないが、だからといって、左派かというとそうでもないような気がする。そもそも現在のこの国で、言葉の正確な意味での「右翼・保守」或いは「左翼・革新」というものが如何なるものであるのかがよくわからない。

戦後、俳優山村聰は映画『蟹工船』(1953年)を監督し、また国鉄下山総裁の轢死事件に材を取った、井上靖原作の映画『黒い潮』を撮っている。同時期、佐分利信は、2.26事件に取材した『叛乱』(1954年)の監督をしている。これこそ正に「左右を弁別せざる」時代背景ではなかったろうか。

わたしには「右」も「左」もないように思える。ただ、上(かみ)と下(しも)、富裕の貧困の対立があるのみだと。

映画は最後に

「そして現代
 暗殺を超える思想とは何か?」

と問いかけている。
けれどもそもそも「暗殺」或いは「テロル」とは「思想」だろうか?
転覆に転覆を重ねても、またいかなる体制であろうとも、国家がある限り権力があり、権力のあるところには支配がある。映画の中で田宮二郎の言う「我々の革命は、失敗はもとより、成功もまた死のはずだ。生きて二階級特進など、貴様ら、本気で革命をやろうと思っておるのか!・・・連夜紅灯の下に酒を飲み、女を抱き、自己の栄達のために革新を語る。たとえ成功してもそれでは単なる政権の交代、自分たちが権力を握るためのさもしい権力抗争に過ぎんではないか!」という心情に心打たれる。

狂気(兇器)の沙汰と言われ「思想以前」と言われても、それが故に、わたしはそこに人間性の哀しき美の発露を見る。

働けば血を吐き働かなければ喰えなくなる現在(いま)の俺の態(ざま)を見てくれ

喰うために全力をあげてなお足らぬこの世になんの進歩があろう

ー 渡辺順三 (1929年 昭和4年)


◇ 蛇足乍、わたしが、辺見が、西部が、竹中が「然り!」とするテロルとは、虐げられし者たちの、下から上へ向けた抵抗の謂いである。


































A Stranger On Earth


A Stranger On Earth  -  Dinah Washington


Some fools don't know what's right from wrong
But somehow those folks belong
Me, I try for all I'm worth
But I still remain a stranger on this earth

Some people gloom, other folk cry
Me, I have to struggle to keep alive
Ever since the day of my birth
I've been a stranger, stranger on this earth

I try to be what all folks should
Forgetting the bad and doing good
But no matter how I try
My troubles always multiply


Now I've been doing the best I can
Ever since life began
Some day when I prove my worth
I won't be a stranger on earth


Now I've been living the best I can
Ever since my life began
The day's gonna come when I prove my worth



Cover art  by David Stone Martin 1955


Thanks To Fragments of Noir