2019年2月14日

フィロソフィー・オブ・ライフ(書かれざる哲学)


From the Series Dear Darkness, 2011, Malin Ahlsved. Finnish, borrn in 1976.
- Watercolour and Watercolour Crayon on Paper -







私たちは「誰もが、究極においては生きなければならない孤独と隣りあわせ」(須賀敦子)である。
孤独はときに人を孤絶させる。けれども同時にそれぞれの人間がうちに秘めている孤独を見出すとき、それは互いに共鳴し、生きるための糧となる筈である。そしてそのとき私たちは、はじめて「孤独」とか「愛」といった言葉の意味を知り、ふっと言葉を綴りはじめる。
ー 松山巖『本を読む。」より








2019年2月13日

生誕


プリーモ・レーヴィは「人間であることの恥」といい、エミール・シオランは「生誕。すなわち敗北なのだ」と認め、石原吉郎は「生きて行くことは、どうしてまたこんなにむずかしいのだろうと、ため息をつきたくなる」とつぶやく。

「恥辱」「敗北」「困難」・・・

つまりは人間として生まれてきたこと、そして人間として生きるということが、我々に科せられた、ひとつの「罰」なのだろう・・・




The Morning, 1810, Philipp Otto Runge. (1777 - 1810)

フィリップ・オットー・ルンゲ(ドイツ・ロマン派の画家)による「朝」(1810年)


 The Morning (Ditail), Philipp Otto Runge.

「朝」(ディテイル)












Good Morning / Night, My Heartache...


Photographer  German Lorca.

"Nobody came, nobody called, nothing happened, nobody cared whether I died or went to El Paso."

Raymond Chandler - 'The High Window' (1942)


CARMEN MCRAE - GOOD MORNING HEARTACHE





2019年2月12日

心傷み申し候…


● 先日デイケアで使った画用紙の残りが、戸棚の上に置いてあったので、母に「これ、邪魔でしょう?」と言った途端、その言葉にヅキッと心が痛んだ。「邪魔」「じゃま」「ジャマ」・・・「邪魔」とはわたしに向けられるべき言葉だ。

● わたしはクリニックの診察室にいた。主治医がなぜかいつもは着ていない白衣(?)を着て、大きな黒い眼鏡をかけていた。相手の目が見えないせいか、なにかロボットのような感じがした。それまで何を話していたのか憶えていないが、彼は不意に、カルテを書く手を休め、黒い眼をした顔をこちらに向けてこう言った。
「正直に言うと、私はあなたが嫌いなんですよ」

これは夢の話だが、そういわれたわたしは、「やっぱり」と思った。
わたしの主訴は「他者(=他の人間)と良好な関係を築けないこと」また「関係を維持できないこと」そして当然のように「医師」もまた「他者(他の人間)」である。例外ではない。


● 自分を定義するなら ──「愛されざる者」「許されざる者」「鞭打たれる者」そして「狂人」

● キリスト教に限らず、「宗教に於ける赦し」というものに関心がある。

 「赦し」=「愛」だろうか?

 「赦される条件」「赦されざる罪」というものがあるのだろうか?

 「神仏」はヨセフ・メンゲレを赦すだろうか? 日本政府がこよなく愛するカーティス・ルメイ(将軍?)はどうか?

 わたしは死後の世界を信じていないが、神はわたしを赦すだろうか?

死後の世界を信じないものには、生きているうちに地獄を味わわせるのだろうか?

「赦す」「赦し」とは、どういう概念か・・・


●「枯れないものは花ではない」「死なないものはいのちではない」・・・わたしはそれに「傷つかないものはいのちではない」と書き加えたい。


汚れて弱った野良犬を棒で容赦なく打ち据える者。

薄ら笑いを浮かべて飢えた野宿者を足蹴にする者。

嗚呼、その犬はわたしだ。

その浮浪者はわたしだ!


汚れて弱った犬をやさしく抱いて連れ帰る者がいる。

野宿者に暖かいコーヒを差し出して、黙って隣に座る者がいる。

しかしその犬はわたしではない。

その浮浪者は、決して、決して、わたしではない。















辺見庸のことなど


昨年12月に紀伊国屋ホールで行われた、新作『月』発表に伴う講演会に行くことを止めて以来、辺見庸のブログには暫く訪れていなかった。

「朝日新聞のマーク(?)は旭日旗に似ていないか」等さんざんマスコミをなで斬りにしておきながら、いざ新作の出版となると、薄い微笑を湛えた写真とともに、朝日新聞のインタヴューに応じ、これまた悪口を並べ立てていたNHKの番組にも出演するという変幻自在の「彼」の姿に、ここでもまた「人間であることの恥」を見た思いがしたのだ。

今日、わたしは幸いにして、(というか今更という感ではあるが)自分がみなと同じ「人間であること」から免れている(或いは除外されている)という実感を得る契機があり、久しぶりに辺見のブログを訪れた。

最新の記事が[2018年08月26日]である。確かこのころから、『月』執筆についての投稿が目立ち始めてきたのだった。
10月には、上記の講演会の告知もしていた。

この間どのような経緯があったのかは知らない。また知る必要もない。
少なくとも、今、彼からは「罪のない恥知らず」の臭いは漂っては来ていないようだ。

しばらく様子を見て、いつかまた彼の本を手に取ることもあるだろう。




この暗黒の孤独には、どうしても救いがない。我々の現身(うつしみ)は、道に迷えば、救いの家を予期して歩くことができる。けれども、この孤独は、いつも曠野を迷うだけで、救いの家を予期すらもできない。そして最後に、むごたらしいこと、救いがないということ、それだけが、唯一の救いなのであります。モラルがないということ自体がモラルであると同じように、救いがないということ自体が救いであります。
私は文学のふるさと、あるいは人間のふるさとを、ここに見ます。文学はここから始まる ── 私はそう思います。
『坂口安吾全集3』(1993年)より「文学のふるさと」

神でさえ抱擁することを躊躇うこの身。このわたし。「選ばれざる」ことによって「選ばれし者となる」皮肉なアイロニー・・・救いのないこと、孤立無援であることが、そんなさかしまな苦い矜持となることを怪しむ者はいるまい。

「希望を捨てること、という希望がある」そんな石原吉郎の言葉が遠くから耳に届く。














2019年2月11日

追記、「死」について


「一般に私たちの間で語られる死とは、死に膚接するまでの過程、生者がついに「沈黙する」までの時間である。死はついに体験ではありえない。」── と、石原吉郎は書く。けれどもそれは、あくまでも、「わたし自身の死」についての言及でしかない。

他者、特に見知った者、親しかった者の死は、まさに彼 / 彼女が「永遠に沈黙した」時点から、その人が、二度と再び会うことも、言葉を交わすこともできない「永遠の不在者」となったとき、その死が、「わたしにとっての死」となる。そして死は、人間が感じ得る極限の悲痛、絶対的な喪失として、そして自身の内的崩壊として、体験される。


「生」と「死」に分かたれること、それにいかにして人間存在は堪えうるのか・・・


そのとき、なぜわたしは「まだ生きている」と言い得るのか・・・















「ポイント・オブ・ノー・リターン」


また暫く主治医のところへ行っていない。
「外に出られない」という状態も、ここ数年の感覚とはかなり違う気がする。
これまで何度も書いてきたことだが、医者に行って「よくなる」ということの意味がわからない。「よくなる」とは、今の状態がどのように変化することを言うのだろう?
「つまり簡単に言えば多少とも生き易くなる」「少し楽になる」ということですよ。
ということだろうか?
「多少楽になる」「生きやすくなる」・・・わからない。

高橋三郎という社会学者の『強制収容所における「生」』(1974)という本を、石原吉郎が紹介している。





一般に私たちの間で語られる死とは、死に膚接するまでの過程、生者がついに「沈黙する」までの時間である。死はついに体験ではありえない。『強制収容所における「生」』と題されたこの著述の前提には、発想のこの重大な転換があるように私には思われる。

著者は強制収容所の経験者ではない。だがそれゆえにこそ、駆使し得る限りの資料を駆使し、念には念を入れた追求の回路を経て、強制収容所で生き残ることの意味を問うことができたのではあるまいか。
 
生き残った人びとがのぞかせる心情の翳をさぐることは、あるいは傲慢なことといわれるかもしれぬ。だが、そうすることによってのみ、生きのびた人びとの体験を、われわれ自身の生き方にかかわらせてとらえることができるのである」と冒頭で述べた著者は、「強制収容所におけるこれらの生き方のうち、いづれが正しいとかいった判断は容易に下せるものではない。どの生き方が正しいとか望ましいとかとかいう客観的な基準など存在しないし、また、それは、この小論の範囲を超えた問題である。ただ、われわれがどの生き方を選択するかということがあるだけである」と末尾にのべて、極限の体験から教訓を引き出そうとする誘惑をかろうじていましめている。人は教訓を与えられるために極限に置かれるのではない。

本書は強制収容所を『生きのびる』ということ」「『生』の諸条件」「プロミネント(特権を与えられた囚人)」適者生存(『壊れない』人びとの一類型精神の死と肉体の『生』」の五章と結びの「プロミネントと回教徒」の六つの部分から成っている。

最後に抑留者が肉体的な生を選ぶか、精神的な生を選ぶかの選択へ追いつめられる地点として、「帰還不能点」が設定され、この地点をどのように意識していたかによって、著者は、ナチ強制収容所の抑留者を六つのタイプに分類し、それぞれについてのおそらく救いのない分析によって、その論述を終わっている。
(下線・太字Takeo)




肉体の生を選ぶか、精神の生を選ぶか?── 'Point Of No Return' 「帰還不能点」

── わたしにとって、「今・この時代」に「生きる残る」ことを考えることは、「強制収容所を『生きのびる』ということ」と一体何が違うというのだろう・・・
ナチの強制収容所や、石原が生きのびたシベリアのラーゲリは、わたしのいる現在の東京と、どれほどかけ離れているといえるのだろう。

そして、「ポイント・オブ・ノー・リターン」(=引き返すことのできない一線)を、わたしは既に越えている。