2021年1月5日
もう終わりにしたい
2021年1月3日
ある「視点」への極私的視点
今回の投稿は、「note」というサイトに載せられた、北米在住の日本人ライター塩谷舞(しおたにまい)さんの文章についての意見で、先ず元になっている塩谷さんの文章を読んでいただくことになるので、面倒くさいと思われる方はどうかそのままお通りください・・・
塩谷さんの文章のタイトルは、
『あるものでなんとかする。「バナキュラー」的もの作り』
彼女のツイッターによると、以前の上司に絶賛された文章のようです。
さて、以下、上記リンクにある塩谷さんの「視点」に基づいたわたしの意見です。
◇
彼女は書いている。自然を取り入れるとか取り込むとかいうけれど、「自然」て「私(たち)」の外側にあるものなのか?はるばるやってきたアイルランドで、また現在活動拠点にしているニュージャージーで、「水(食べ物)が合わ」ずに、しばしばお腹をこわすのは、私の身体もまた生まれ育った「日本という気候・風土」という「自然」に依拠しているからではないのか?
「和食が好きだというアメリカ人の友人を招いて、手料理をふるったのだけれども、唐揚げと卵焼きとナムル(は韓国料理ですね)はSo Yummy!!!!とたいらげてくれた。けれども問題は、味噌汁にぷかぷか浮かぶワカメ。「ごめんね、これは前にも試したんだけど、ちょっと苦手で……」と箸を止めたのだ。「あぁごめん、そうだよね…!」と自分の配慮不足を反省した。
島国在住の日本人が海藻をちゃんと消化吸収できるのは、海藻を消化できる菌を歴史的に腸に住まわせてきたから、というのは有名な話だ。つまり、どれだけ遠くに引っ越したとて、小さな小さな「日本」みたいなものは、おなかの中に保っているのだ。それを「自然」と呼ばずに、なんと呼べばよいのだろう?
自然は「取り入れるか否か」を頭で取捨選択するよりもずっと前から、自分の中にちゃんとあるらしい。 」 (太字Takeo)
けれども私のハードウェア側は長距離移動に耐えられず「ここは違う!」「これは知らない!」と一生懸命抗っているのだから、定期的に油をさしながら、騙し騙しやっている。油というか、正露丸なのだけれど。」(太字・下線Takeo)
どうやら漆のほうも、遠い北米まで連れてこられた私の胃腸とおなじく「ここは違う!」「これは知らない!」と叫んでいたようなのだ。不自然な環境に連れてきてしまってまことに申し訳ないねと、胃腸と漆に申し上げたい。」
「自然と一緒にうまくやる。それはなんだか「あるもんでご飯を作る」くらいの、地味で、飾らない、日常的な、けれども持続可能なもの作りの在り方なんだろうと思う。あるものでなんとかしよう。そうして作られたものは、異なる気候風土で暮らす人々から見れば、宝物と呼ばれるかもしれないのだし。」
ディア ステファン
― Gary Snyder
2021年1月2日
「スカート」(他掌編一編)
ある日曜日、男が妻をサン・ランドリ街に散歩に誘った。有名な娼婦街だ。
◇
映画『読書する女』より
新潮文庫版 レイモン・ジャン原作 鷲見佳子訳『読書する女』にはこのシーンは描かれていません。
周囲が白いのは真新しい壁の白さと、部屋の広さには不必要なほど明るい照明のせいだ。
彼がこの部屋で目を覚ましたのがちょうど一週間前。三度の食事は昔の映画などで見る刑務所の食事のイメージとは違って、「外」の世界の人たちが日常口にしているようなものと変わらないものを食べている。ラジオも音楽番組だけは聴くことができた。彼は試しにレコードを聴けないかと訊ねてみたが、それも叶えられた。ポータブルのレコードプレーヤが貸し与えられ、彼のリクエストするレコードはほとんど聴くことができた。本も大抵の本は読むことができた。
しかし彼は次第に落ち着かない気分になり、夜も安眠できないようになってきた。
この部屋には窓がないのだ。
実際には窓は部屋の扉に取り付けられていて、刑務所内の様子を垣間見ることはできる。しかしこの部屋からは娑婆の草木一本眺めることができない。
運動もやはり屋内のジムのような場所で行われた。囚人たちは体育館のような建物の中で自由に運動することができた。器具も一通りそろっていた。そしてこの建物の天井にも、大きな白い照明が要所要所に取り付けられていた。刑務所の至る所から「影」を一掃しようとするかのような配慮がなされているようだった。
彼は次第に精神のバランスを崩していった。彼は看守に向かって訊ねた。何故この部屋には窓がないのか、と。しかし看守は首をすくめて、さあね。窓を付け忘れたんじゃないか、と、まともに取り合ってはくれない。
彼は刑務所長に宛てて嘆願書を提出した。外を見ることができる窓を取り付けて欲しい。その代り、食事をもっと質素なものに代えてもらって構わない。なんなら三度の食事を二度にしてもいい、と。所長は「考えておく」とだけ答えた。
彼は読書も音楽も愉しむことができなくなった。砂漠で一滴の水に渇える者のように外の世界に焦がれた。今や彼の求めるものは、目に沁みて、そこから血管を巡り、全身を潤してくれる木々の緑と青い空の色だけであった。彼は直に所長に会って話をしようと考えた。
彼は両手を後ろに縛られて、所長室に通された。
所長は正面の椅子に座っていた。彼の小さな期待はたちまち失望に変わった。この部屋には窓があるだろうと思っていたのだ。しかし所長の背後の窓は閉じられ、ブラインドが窓全体を隠し、外の光の代わりに、ここでも白い照明が部屋の隅々までを隈なく・・・まるで部屋の隅のほんの小さな影でさえ、駆除すべき不衛生なゴキブリででもあるかのように・・・隈なく照らしていた。
所長はあれこれと理由を述べていたようだったが、結局窓の件は認められなかった。
男は刑期が多少延びても構わないから窓のある刑務所に移してくれないかと頼んでみたが、それも受け入れられなかった。
看守は彼の肩をつかみ、部屋に戻るようにと促した。彼はその腕を振り切り、所長室の窓に突っ込んでいった。
ガラスの砕ける音が響く。男は建物の外へ落下していった。それが何階の高さからだったかわからない。しかし男はドサリと地面に積もった雪の上に落ちた。
どうやらここはどこかの山奥の刑務所で、今は真冬だったのだと男は悟った。
男は雪の中を歩いた。雲は灰色に重く垂れ込め、古びたシャッターのように、空の光のほとんどを遮っている。木々も全て雪に覆われている。
深い雪の中を何度も転びながら男は歩いてゆく。
ふと目を上げると山小屋らしきものが目に入った。
男はそこにたどり着くと、中に入りドアを閉めた。軽装の彼にとってはまるで氷の湖に浸っているようだった。彼は丸太小屋の粗末な窓も閉めた。そこから寒風が流れ込んでくるのを避けるために。
男は震える手でなんとか火をおこし、戸棚の奥にあったウィスキーを飲み、毛布にくるまっていると、次第に体が暖かくなってくるのを感じた。
やがて追っ手は彼に迫った。小屋の外で声がしている。出てきなさいと。
冗談ではない。おれは死ぬつもりで窓から飛び降りたんだ。雪の上に落ちて助かったのは全くの偶然だ。
男は小屋の窓から彼を包囲している者たちに喚いた。
「おれは二度とあの刑務所に戻る気はない!おれは丸腰だ。これから出て行くからさっさと撃ち殺すがいい!」
「馬鹿なことを言うな、武器を持たない者を撃つことはしない。わかった。お前を別の刑務所に移送しよう。さあ、早く車に乗りなさい」
「は!そんな手に引っかかると思っているのか?捕まれば、おれはまたあの部屋に逆戻りだ。一旦とらえてしまえばお前たちの意のままだからな」
「そんなことはない。約束は守る!」
「そんな言葉を信じると思っているのか」
男はこれ以上の話し合いは無用とでもいうように窓を閉じ、火の前に戻った。
武器を持たない彼が捕まるのは時間の問題だ。窓のある場所へ移してやるなどと言ったところで所詮は空証文だ。あそこに戻されればおれは二度と外の世界に出ることはできない。少なくとも正気のままでは・・・
仮に丸腰のおれを撃つことはないにしても、向こうには犬がいるし車もあり、人数もいる。どうやったって逃げおおせるものではない・・・
男はしばらく暖炉の火に見入っていた。
今はひょっとしてクリスマス・シーズンなのだろうか?
子供の頃、姉や妹と一緒に暖炉の周りに靴下をぶら下げたことを思いだす。
みなの笑い声、クリスマス・キャロル・・・クリスマスの朝、どうしても眠れずに、まだ夜が明けないうちに靴下をのぞいてしまった。暖炉の火は小さくなりながらもパチパチと暖かい寝息を立てていた。カーテンの隙間から、クリスマスの朝の光が刺しこんでいた。
「みんな元気にしているだろうか・・・」
再び外からの声が聞こえた。
「いいか、これからそちらへ行く。おとなしく出てきて、一緒に行くんだ・・・」
男は立ち上がると両の掌の汗をぬぐい、薪割り用の斧を摑み、ひとつ大きく祈るように息をつくと、それを自分の頭上に降り下ろした。
その瞬間、強い寒風が小屋の窓を押し開けた。最後の瞬間に彼の目に映ったものは、窓の外に広がるどこまでも白い世界だった。
鳥帰る・・・
ここでかかなくとも何処かで書く。そして何処へ行こうとわたしの周りは常に敵意と排除そして軋轢に満ちていた。
そこで思い出したのが安住敦の句
鳥帰る 何処の空も 寂しからむに
安住 敦 / Azumi Atsushi. Japanese Haiku Poet, Writer (1907 - 1988)
Wherever you go
Every skies must be sad.
わたしは離れられない。ここにわたしの時間の堆積があるからだ・・・