2022年2月17日

唾棄すべき「人類」愛すべき「人間」

フェルナンド・ペソアはこう書いている。

「ルソーのように、人類を愛する人間嫌いがいる。
私はルソーに強い親近感を覚える。ある分野では、私たちの性格はそっくりだ。
人類に対する燃えるような、強烈な、説明できない愛、その一方で、ある種のエゴイズム。これが彼の性格の根本だが、それはまた私のものでもある。」

『不穏の書、断章』より、「断章85」澤田直 訳



わからない。わたしには。「人類を愛する人間嫌い」などというものが。

何故ペソアがこんなに人気があるのか、わたしには理解できない。

まして「人類に対する燃えるような、強烈な、説明できない愛」となると、唖然として開いた口がふさがらない・・・

わたしは寧ろ

“I love mankind ... it's people I can't stand!!”

と叫ぶチャーリー・ブラウンに共感する。


Old Fashioned Kitchen, Virginia, ca 1936, Peter Sekaer (1901 - 1950)

これはピーター・セーカーの撮った、1930年代のアメリカ、ヴァージニア州の、とあるキッチンの写真だが、写真家自身がつけたものであるのかは定かではないが、タイトルに「オールド・ファッションド・キッチン」とあるので、1930年代といえども、このようなスタイルのキッチンは既に旧式のものだったのかもしれない。

この写真を見、そこに暮らす人々の生活を想像すると、正にペソアの言う「強烈な、説明できない愛」を覚えるのだ。

わたしはおそらく「人類」に対して、「唾棄」という言葉が決して大袈裟ではないほど「強烈な、説明できない嫌悪感、忌避感」を抱いている。けれども、この世界に、貧しく、質素に暮らしている人たちがいる限り、誰もが持つモノを持たずにいる人たちがいる限り、わたしの「人類からはみ出したひと」に対する愛情の灯は消えることはないだろう。

胸が熱くなるような、うつくしい写真である。









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