日本という人権意識の極めて低い遅れた国で、重度の障害者であれ、わたしのように極端に変わった人間(乃至化け物)を生み、育てることが如何に過酷なことで、生んだ者は自分の生涯を我が子のために犠牲にしなければならないことを思うと、やはり「(障害者として)生まれてきたことの災厄」を思わずにはいられません。一方で嘗てJunkoさんが言われたように、母親というものは超人的な存在であると感じています。
母を愛すれば愛するほど、感謝の気持ちが大きければ大きいほど、自分が生まれてきたことの罪を思わずにはいられません。
このあたりの心境はこれまでに繰り返し書いてきたことですが・・・
メプさんのメッセージは、少なくともわたしの内心とはかなりかけ離れていると感じます。
同時に、こんにち、誕生日を「めでたい」「ハッピー」と、上辺だけではなく心から言える人がどれだけいるのかと怪しみます。
そういうわたしも、今のように外に出ることが困難(不可能)になる前は、母の誕生日に花やカードを贈ることをたのしみにしていました。ここ数年、生きていることが極めて苦痛であっても、できれば母の誕生日には、「オメデトウ」ではなく「アリガトウ」と書いたカードと、花を贈りたいという気持ちがあります。
アリガトウ=生まれてきてくれて。そしてわたし自身「生まれてすみません」の気持ちを生涯持ち続けながら・・・
Takeo さまへ。
返信削除こんばんは、メプです。
生まれて来て申し訳無いって、Takeo さんは仰るけれど、
それでもきっとお母さまは、Takeo さんを産んで・出会えて良かったと
そう思っているって、、、ワタシは思いますよ。
それだけに、余計に辛くなる Takeo さんの気持ちも
もちろん理解はできますが、、、。
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以前のお母さまの誕生日のエピソード。いいですね、、、。
電話だけでも、いいです。一年に一日の、、、日ですから。
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とにかく暑いですから、お大事にして下さい。
この暑さは、、、ホント凄いですね。
メプ