2020年3月9日

治癒ということ4


春らしい陽気だが気分は冴えない。

こんな夢を見た。

大きな診察室で、これまた場違いに大きなテーブルを挟んで、向かいに白衣の精神科医がいる。見たところ60代、もう70に近い感じ。
わたしは医師に「いちばんの問題は、精神科医でも、カウンセラー、デイケアのスタッフでも、わたしの気持ちが伝わらないだろうということです・・・」といった。
すると医師は表情を変えずに「それじゃあ、今回のごあいさつで終了ということにしますか。」と。つまり、「治療」はできないということだ。その後医師が何かを言ったか、覚えていない。

例えば底彦さんは鬱病に苦しめられている。具体的には「過去の記憶」に。
そして過去の記憶に苦しめられなくなった時、過去と現在の連続性が分断された時が彼にとっての「癒えた」ということであると。

つまり底彦さんには、何のために「治療」をするのか?そしてそのゴールはどのような状態であるのかが明確にわかっている。本人にも、そして彼の周囲の治療者にも。

けれどもわたしは底彦さんとは全く違う。
何のために治療をするのかとは、治癒というゴールを目指すため、その状態に至るためだ。けれども、わたしには、そもそも、「治療」のゴール、目的というものがわからない。どうなりたいのか?どのような状態がわたしにとっての治癒と言えるのかがわからない。










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